捏造された酩酊会見の裏側。アメリカ軍が使う特別なソフトでデータ消去。脱ドル化の加速 | Ghost Riponの屋形(やかた)

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中国大使館に自衛官が刃物を持って侵入

首相からの中国への謝罪はなし

防衛大臣は「遺憾」だけで中国への直接謝罪なし

中国外務省が「不十分」と明言

それでも日本側から追加の対応はなし

さらに自民党議員が台湾を訪問

中国からすれば「大使館を襲っておいて謝りもせず、さらに台湾に議員を送り込んでくる」という状況。

台湾有事発言からはじまり、訪米、中東の件も含め、世界情勢の中で日本を追い込むためのテロ活動を日本政府がやっているとしか思えません。

この期に及んで、このカルト政府を支持している国民は、どういう理屈で支持しているの?


流石に理解が追いつきません。


LINEとマイナをつなげたのが、ソフトバンクという話を考慮に入れると、政界だけでなく財界にも米⇒韓⇒日という構図があると見えてくる↓





過去に警察が関連団体を調べたらアメリカ軍が使う特別なソフトでデータ消去されてたって、そんなのどこから

ロシア連邦保安庁は、(FSB)は、ポーランドから密輸されたとされる、寒冷地での戦闘地域に派遣されるロシア兵向けに用意された、ロシア兵の四肢を吹き飛ばすことを目的とした爆発物を仕込んだ数百足の「保温」靴の中敷きを押収した。

これらの中敷きには、1足あたりTNT換算で1.5g相当の爆発物が仕込まれていた。
この装置は電源に接続されると爆発し、戦闘任務中に兵士の四肢を切断するように設計されている。

FSBによると、この破壊工作計画はウクライナの諜報機関によって組織され、最大504人の兵士に重傷を負わせることを目的としていたという。

この仕掛けられたインソールは、ポーランドからベラルーシを経由して密輸され、特別軍事作戦地域にいる部隊への人道支援物資として偽装されていた。

この作戦の運び屋として、タジク人男性と特定された1994年生まれの外国人がロシアで拘束された。
またFSBは、ウクライナの諜報機関が、モスクワでのテロ攻撃用に爆発物を搭載可能なドローンを同地で入手しようとしたと主張している。


捏造された酩酊会見の裏側


夫は、帰国して成田空港を出て、わたしと電話で話をするまで、ローマの記者会見について、日本のテレビやネットで大炎上していたことを知らなかった…
同行していた財務省の方々が、なぜ、夫に伝えなかったのか。
今でも疑問に思います。
〜〜〜〜
2009年2月13日、ローマでのG7会合の合間を縫って
夫は、日本の財務金融担当大臣として、IMFのストロスカーン専務理事と調印式を行いました。
リーマンショック後の金融危機に対応するため日本からI MFに1000億ドルの融資を実施するという合意文書に調印したのです。
日本がIMFの資金基盤を強化し、新興国を含む世界経済の安定に貢献するための重要な金融支援でした。
日本が世界的な金融危機に大きな貢献をし、その危機管理能力を高く評価されるものと、夫も、麻生太郎総理大臣も確信していたのでした。
夫は、成田空港到着後、財務省の公用車に乗りこむと直ぐに、わたしに電話をかけ、
「日本のテレビはどうだった?ずいぶん褒めていただろう?」
と聞きました。
日本では、IMFとの調印式について全く報道されないどころか、
朝から「酩酊会見、日本の恥だ!」
テレビもネットも大騒ぎだったのです。
スマホ、タブレットもSNSもない時代です。
本人は、役所の方々から聞かされなければ何も知ることは出来ません。
ローマには、篠原尚之財務官も玉木林太郎国際局長やその他の幹部職員も、財務省側の秘書官などたくさんの方々が同行していました。
成田空港には、大臣出張を出迎えるほかの幹部もいたはずです。
成田空港到着は午後3時過ぎ、わたしがテレビで見たのは午前9時。息子がインターネットで大騒ぎになっていることをわたしに知らせてくれたのはそれより前です。
なぜ、夫には情報は伝わっていなかったのか?
わたしは、夫の問いに
「なにも知らないのですか?その車に乗っている秘書官にすべて聞いて下さい!」
と答えるのが、やっとでした。
翌朝、山本高史秘書(中川事務所)が泣きながら、わたしの家に来ました。
IMF調印式のあと「今日の会見はなくなりました」と財務省側の事務秘書官から言われたので、財務大臣会合で各国の大臣からいただいたお土産などを、パッキングするために自分の部屋に
戻ったのだそうです。
しかし、その後、
「会見が始まります」と言って誰かが連れ出したのだ、
と説明をしました。
後日、夫を連れ出したのは、玉木林太郎国際局長だったことがわかります。
山本秘書が部屋に戻ったのを確認すると、玉木林太郎国際局長は、まず、夫をランチに誘いました。
オフィシャルなランチ会合は既に終わっていましたが、内輪でやり直そう、と玉木林太郎さんがセッティングしました。
そこには、読売新聞の越前谷知子記者、日本テレビ原聡子記者がいました。
越前谷さんは、玉木林太郎さんとは特段の仲らしく、わたしは面識はありません。
一方、原聡子記者は、夫の好きな「笑点」の公開録画に誘うなどずいぶん近づいていましたが、日本テレビ社内的には担当外でした。
夫も、玉木林太郎さんから「記者会見はなくなりました」と聞いたそうです。
このとき、夫は、越前谷さんから、「記者会見がなくなったのなら、この薬を飲んで食事のあと、ゆっくり休んだら?」と言われて、渡された薬を飲みワインを一口だけ飲んだのだそうです。
夫は、ワイン好きでしたが、海外出張のときは飲まないようにしていました。
この直後、越前谷知子記者は、「おもしろいことが起こるわよ」と、複数の人に伝えていたそうです。
事件後、越前谷記者は、アメリカ勤務になり日本からは姿を消しています。
原聡子記者は、誰より先にわたしたちの自宅前に到着して夫の帰宅時にマイクを向けていました。
その後、日本テレビの花形情報番組の「バンキシャ!」のキャスターに抜擢されています。
話は戻ります。
ランチのあと、部屋に戻り休んでいる夫を、玉木林太郎さんが
「記者会見は、やはりやることになったので」と言って迎えに来たのです。
夫の死後、葬儀が終わったあとになってやっと現れた玉木林太郎さんは
「ホテルの部屋にお迎えに行ったとき、中川昭一大臣は酩酊状態ではなく、しっかりとしておられました。これによって中川大臣の名誉は保たれます。」
と言われました。
わたしからは
「財務省の名誉が保たれる、の間違いではないですか?」
とお応えしました。
玉木林太郎さんは、麻布高校の同級生でしたが、在学中も卒業後も全くお付き合いはありませんでした。
夫が玉木さんを認識したのは、玉木さんが在アメリカ合衆国日本大使館経済公使になられた頃です。
ワシントンで、別の経済公使から紹介されました。
夫が財務大臣に就任してから、玉木林太郎さんも国際局長へとジャンプアップし、なにかにつけて相談しているようで、いちばん近くにいた印象があります。
帰国後、予算委員会での審議の2日目の夜、自民党から慶應病院に入院するように促され、テレビのテロップで「財務大臣更迭」を知らされました。
「病室ではテレビを見ないでね」と、
高校生だった息子が、TSUTAYAで夫が大好きな映画をたくさん借りて来ました。
数ヶ月後、会見を見たのか恐る恐る尋ねると、
「見た、信じられなかった…」
そのときの夫の顔を忘れることができません。
わたしは、その後、何度も「記者会見」を見ましたが、ろれつがまわっていない夫の両脇には、篠原尚之財務官と白川日銀総裁が、何も言わず、表情をひとつ変えずに座っていたこと、テーブルにはワインが置かれていたことは、極めて不自然に思いましたし、今でも不思議でなりません。
玉木林太郎さんは、その後、財務官に昇格し、夫の死後は、
OECD事務次長へと異例の出世をして行きます。
夫に玉木林太郎さんを紹介した方もその後、民主党政権で外務事務次官に昇格しましたが、自民党に政権が戻ると、安倍総理から事実上の更迭、僅か9ヶ月で退任することになります。
安倍総理は、何かを知っていたのかも知れません。
〜〜〜〜
「自分は、アメリカから殺される」
「こどもたちを頼む」
夫が繰り返し、わたしにそう話すようになったのは、亡くなる10年ほど前からだったと、思います。
https://www.facebook.com/story.php?story_fbid=25836150052752826&id=100003535547262













ウラジーミル・プーチンが「ドル離れ」について現実を突きつける:

「ドルを外交政策上の闘争の道具として使うことは、米国の政治指導部が犯した最大の戦略的過ちの一つだ……君たちは自らの手で米ドルを殺しているのだ。」

イランとの戦争は、脱ドル化の動きを加速させるだけだ。米ドルは長年にわたり武器として利用されてきただけでなく…

今や米国は、不安定化を厭わず世界経済を崩壊させることも辞さない、不安定な無法国家としてますます見なされている。

ドルは制御不能で衰退しつつある無法国家の通貨であると見なされるようになっており、ドルからの離脱の動きは今後も続くだろう。


本来の美とはこういうもの↓