1967年のCIAメモは、今日まで陰謀研究者の信用失墜のために使用されている | Ghost Riponの屋形(やかた)

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This 1967 CIA Memo Is Still Used to Discredit Conspiracy Researchers Today
https://worldtruth.tv/this-1967-cia-memo-is-still-used-to-discredit-conspiracy-researchers-today/

「陰謀論者」というフレーズは、「三ばか大将(The Three Stooges)」のエピソードで、周りにパイが投げつけられたようなものである。

実際には、それはもうほとんど意味をなしていない。(そして現在は、本当に独立したメディアの信用を貶める手段として「偽ニュース(fake news)」 心理作戦(PSYCH)に取って代わられている。それは設立を批判するか、あまりにも多くの質問攻撃をする)

かつて、陰謀論家であることは、狂った電波系であることではなかった。

ジョン・F・ケネディの暗殺の後、世論調査の半分が、ウォーレン委員会の調査結果、政府の公式報告書を支持していないと示した;1967年1月、ギャラップの調査によると、少なくとも46%の人が、オズワルドが、単独で犯行したとは信じていなかった。

(暗殺問題調査特別委員会HSCA: House Select Committee on Assassinationsが、JFKの殺人事件を調査し、以下のように結論付けた「科学的な音響的証拠により、ジョン・F・ケネディ大統領に、2名のガンマンが発砲した可能性が高い」「ジョン・F・ケネディ大統領は、陰謀の結果としておそらく暗殺された」)

同時に、マーク・レーンは、彼の本Rush to Judgmentの中で:ウォーレン委員会の「ジョン・F・ケネディ大統領、J・ D・ティッピット巡査、リー・ハービー・オズワルド殺害」の調査報告と、クレイ・ショウ裁判で、地方検察官ジム・ギャリソンが陰謀罪での十分な証拠を示したにも関わらず、敗訴とした3人の裁判官を批判している。



中央情報局(CIA)は、1967年4月、「心理作戦(PSYCH)」というメモをリリースした。それは本質的に「陰謀論家」というラベルの使用を武器にし、政治家や政治家を含む「エリートフレンドリーコンタクト」を使って、いくつかの汚い戦術を展開した。政府の公式発表に挑戦しようとした人には、誰にでも、このラベルが悪用される可能性があります。



これは、それが今日まで、どのように動作していたかであり、それが今日も、どのように動作しているのかは明らかです。

あなたがこの文書を読めば、大きなイベントが起き、誰にも質問されたくない時は、その要素が現れていることに気がつくでしょう。

via:
by Melissa Dykes, TruthStreamMedia.com


CIA直伝、レッテル貼り、人物破壊のテクニックですね。
そう言えば、以前は「陰謀論」と嘲笑し攻撃する人を、ツイッターでよく見かけたが、最近は減ったような気がします。

この記事、個人的に、復習している気分であった。


翻訳の元記事は、ベテランズトゥデイらしい↓
詳しく書かれてます。(要点のみ)



新しい研究:「陰謀論者」は健全に思考し;政府にだまされている人は非合理で、敵意に満ちている
http://blueplanetok.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-1a52.html
この両発見は、テキサス大学出版局から今年前半に出版された、政治科学者Lance deHaven-Smith著の「Conspiracy Theory in America」という新しい本において詳しく説明されている。deHaven-Smith教授は、なぜ人々は「陰謀論者」と呼ばれることを好まないのかを説明している:この用語は、JFK暗殺に疑問を投げかける人々を非難し、中傷するためにCIAによって発明され、幅広く流布するようになったのだった!「『陰謀論者』という用語を普及させ、陰謀があったという考えを嘲笑と敵意の対象とするこのCIAのキャンペーンが、不幸にも、史上最も成功したプロパガンダ提唱の一つであったことは、信じざるを得ないのである。

つまり、蔑称として「陰謀論」や「陰謀論者」という用語を用いる人々は、十分文書で示されており、議論の余地のない、歴史的な真実であるJFK暗殺を隠蔽するためのCIAによる陰謀の結果として、そうしているのである。ところでこのキャンペーンは、全く違法なものであり、CIA幹部が犯罪に関与していたのであった;CIAは国内での活動を禁じられているが、日常的に法を破って、プロパガンダから暗殺までの国内活動を実施しているのである。

グェルフ大学の心理学者Laurie Manwell も、CIAが企画した「陰謀論」というレッテルが認知機能の妨げとなっていることに同意している。彼女はAmerican Behavioral Scientist 「アメリカ行動科学者」(2010)に発表した記事の中で、反陰謀論の人々は自分達に以前からの信念と矛盾する情報を処理する能力がないため、911のような民主主義に敵対する明白な国家犯罪について秩序立てて思考することが出来なくなっていることを指摘している。

またABS(American Behavioral Scientist 「アメリカ行動科学者」)の同じ号の中でバッファロー大学のSteven Hoffman 教授は、反陰謀論の人々は概して強固な「確証バイアス」の犠牲であると付言している。つまり、彼らは(「陰謀論」というレッテルのような)非理性的なメカニズムを用いながら矛盾する情報を避け、以前からある信念を確証する情報を捜し求めているというのだ。

【田中角栄と小沢一郎は】田中真紀子さんの証言【CIA配下の検察に嵌められた!】

https://www.youtube.com/watch?v=-60IJmgRVXQ


ケネディ暗殺について↓


ケネディ暗殺50周年、真相究明はさらにつづく
http://hiro-san.seesaa.net/article/353839080.html
ケネディ暗殺の真相究明のタイムラインを簡単に整理してみたい。

  • 1963年11月22日・・・・ケネディ暗殺
  • 1964年・・・・ウォーレン委員会(Warren Commission)による調査と報告書
  • 1969年・・・・地方検事ジム・ギャリソン (Jim Garrison)が、暗殺の陰謀に関係したとしてルイジアナ州ニューオーリンズのビジネスマン、クレイ・ショー(Clay Shaw)を起訴
  • 1975年・・・・ABCの深夜番組「Good Night America」 が、射殺シーンの8ミリ映像「ザプルーダー(Zapruder)フィルム」をテレビで初放映
  • 1975年・・・・ロックフェラー委員会(President's Commission on CIA activities within the US)が【犯行現場の3人の浮浪者(Three Tramps)=CIA】の疑いを否定
  • 1978-79年・・・・下院議会に、暗殺問題調査特別委員会(HSCA: House Select Committee on Assassinations)が設立、再調査
  • 1989年・・・・オズワルドの犯行現場とされる旧教科書倉庫ビルに「六階博物館(Sixth Floor Museum)」がオープン
  • 1991年・・・・映画「JFK」の公開
  • 1992年・・・・JFK暗殺資料収集法(JFK Records Act)の発令に伴い、暗殺記録再評価委員会(Assassination Records Review Board)が独立機関として設立
  • 1999年・・・・ジョンソン副大統領の当時の愛人マデリン・ブラウン(Madeleine Brown)が彼の関与を告白
  • 2003年・・・・ジョンソンの主犯説を主張する「Blood, Money & Power」(Barr McClellan, 邦訳:ケネディを殺した副大統領 その血と金と権力)が出版
  • 2003年・・・・上記を受けて、History Channelが「The Men Who Killed Kennedy」の新シリーズ3本(エピソード7、8、9)を放映
  • 2003年・・・・テキサス州でジョンソンの資金源だったビリー・ソル・エステス(Billie Sol Estes)がインタビューで告白、仏ジャーナリストのウィリアム・レモン(William Reymond)が「JFK: Le Dernier Temoin」(邦訳:JFK暗殺 40年目の衝撃の証言)として出版

映像によるインパクトは常に大きい。1975年のザプルーダーフィルムのテレビ放映によって、少なくとも2方向以上の銃撃があった可能性が広まり、ロックフェラー委員会(1975年)や下院・暗殺問題調査特別委員会(1978年)に発展する。下院委員会は、音響の証拠などから、銃弾は2方向から合計4発である可能性を示唆していた。

・・・

この番組は以下のような内容だ。

  • 犯行現場の浮浪者の1人はCIAエージェントのE・ハワード・ハント(Howard Hunt)であり、彼は2007年の臨終前に息子の前で告白録音。ケネディ暗殺のコードネームが「Big Event」であったことなどを明かす。
  • ハワード・ハントは、キューバなど海外で要人を暗殺するOperation 40の主要構成メンバー。アイゼンハウワー政権当時にニクソン副大統領がこれを管轄。ハントはニクソンと縁は深く、その後のウォーターゲート事件もハントらによって引き起こされた。
  • オズワルドを捨て駒とするために指示を出していたCIAのジョージ・ド・モーレンシルト(George De Mohrenschildt)は、ブッシュパパとも懇意。モーレンシルトの甥は、進学高校(prep school)の寮でブッシュパパとルームメートだった。
  • 1976年からフォード政権下でCIA長官となったブッシュパパは、1963年の事件当時もCIA要員として現場にいた可能性あり。現場の人物と写真比較あり。
  • フォード大統領は、下院特別委員会の調査報告書に介入し、表現を多数修正させた。
  • オズワルドの未亡人は現在も脅迫を受けている。
  • 捏造修正が疑われた「オズワルドが自宅前でライフルと共産党新聞をもっている写真」は、オズワルドに頼まれて夫人が撮影した。このようなような写真を事前に撮っておくように、上層部から指示が出されていた可能性。



CIAはマフィア、両者は一体↓
思いがけないところから、ハザールマフィアの指摘。
しかも、指摘したのが、シカゴ・マフィアのボスという。
日本でこの図を当てはめると、CIAの作った自民党はマフィアか?(笑)



ケネディ暗殺事件の関係者一覧
http://naotatsu-muramoto.info/amerikasi/kenedhiansatu.kankeisya.html
読めば分かると思いますが、CIAとマフィアは深く繋がっており、
サム・ジアンカーナは「両者は一体で、CIAは表の顔、マフィアは裏の顔」と語っている。

○ アメリカ政府

ジョン・F・ケネディ
1960年の大統領選挙に民主党の候補として出馬し、共和党候補のニクソンに僅差で勝利する。
63年11月22日に、テキサス州ダラスで暗殺(射殺)される。

ロバート・ケネディ
ケネディ大統領の弟。
ケネディ政権では司法長官を担当し、秘密作戦やマフィア撲滅作戦に関与する。

リンドン・ジョンソン
ケネディ政権の副大統領。
ケネディは弟のロバートを重用していたので、ジョンソンは政策にあまりタッチしていなかった。
だが、ケネディが暗殺されるとジョンソンが大統領に昇格し、ロバートは権力の中枢から排除された。
ジョンソンはケネディを嫌っていたので、CIAにケネディ政権の情報を流していた。
ケネディ暗殺計画も知っていたという。

ロバート・マクナマラ
ケネディ政権の国防長官。

○ CIA

アレン・ダレス
アイゼンハワー政権の時からCIA長官をしており、ケネディ政権になっても留任される。
ピッグズ湾侵攻作戦で失敗すると、61年末に長官をクビになる。

チャールズ・カベル
ダレスCIA長官の下で、副長官をつとめる。
ダレスがクビになると、一緒に辞職となった。

リチャード・ビッセル
ダレスの下で、数々の秘密作戦を行ってきた人物。
ケネディが大統領になった当時は、CIA作戦担当副長官。
ダレスと一緒に61年末にクビになる。

リチャード・ヘルムズ
ダレスの下で、数々の秘密作戦を行ってきた人物。
ダレスは、自分とビッセルが辞職する際、この男をビッセルの後任に据えた。
ジョンソン政権下の66年に、CIA長官に指名される。

ジョン・マッコーン
ケネディはダレスをクビにした後、この男をCIA長官にした。

トレーシー・バーンズ
CIAの幹部。ビッセルの右腕。
ビッセルの後をヘルムズが継ぐと、極秘国内作戦部の新部長に任命される。
ロバート・モローの上司で、亡命キューバ人の武装化などの作戦に従事する。

E・ハワード・ハント
CIAの幹部。JFK暗殺当時は、極秘国内作戦部の秘密活動課長。

ウィリアム・ハーベイ
CIAの幹部。元FBI。
CIAのカストロ暗殺計画の指揮官となる。

ジョージ・ド・モーレンシルト
CIAの極秘諜報部員。

ジェームズ・アングルトン
CIAの幹部。当時は防諜部長。

デズモンド・フィッツジェラルド
CIAの幹部。特殊業務部(SAS)の部長。
ローランド・キュベロを使ったカストロ暗殺作戦を取り仕切る。

デイビッド・アトリー・フィリップス
アントニオ・ベシアーナやローランド・マスフェラーの亡命キューバ人武装組織を率いた。
モーリス・ビショップという偽名で活動していた。
JFK暗殺でも、現場で指揮をし、警察に逮捕された。

○ CIAに雇われていた人

リー・ハーベイ・オズワルド
ケネディ暗殺の犯人とされてきたが、本当は違う。
オズワルドは若い頃にCIAにスカウトされ、その命令でソ連に亡命(潜入)したりもした。
CIAは彼を犯人に仕立て上げ、彼は口封じのためにマフィアのジャック・ルビーに殺されてしまう。

クレイ・ショー
CIAの契約コンサルタント(工作員)。
表向きの顔は、ニューオーリンズ・トレード・マートの重役(理事)。
この組織は、CIAが運営するダミー会社で、秘密工作のための会社。

ガイ・バニスター
クレイ・ショーの右腕で、デイブ・フェリーの上司。
CIAの契約諜報員で、元FBIのシカゴ支局長。
FBI時代は、ロバート・メイヒューの上司だった。
反共組織や反共紙を運営。

デイブ(デビッド)・フェリー
優秀なパイロットで、カルロス・マルセロの部下でもある。
パイロット技術を買われて、CIAに雇われる。
ケネディ暗殺計画に深く関わり、作戦の立案をした。
クレイ・ショーの右腕として活動。

ロバート・メイヒュー
CIAに雇われ、カストロ暗殺作戦に参加する。
元FBIで、その時はバニスターの部下だった。
ケネディ暗殺当時は、マフィアの暗殺コーディネーターをしていた。

ロバート・モロー
『ケネディ暗殺』の著者。
高い科学技術を持ったエンジニアなので、CIAにスカウトされて、秘密作戦(キューバ紙幣の偽造など)に関わる。
CIAからの依頼で、JFK暗殺で使われるライフルとトランシーバーを提供した。

ロス・スコイアー
ロバート・モローの仕事仲間で、モローと一緒にCIAの秘密作戦に従事する。

マーシャル・ディッグズ
ルーズベルト政権では財務省・副会計検査官。
亡命キューバ人、CIA、マフィアの3者をつなぐ仲介者として活動する。

トーマス・デイビス
CIAに雇われた暗殺者。兵器の密輸も行う。
カストロ暗殺作戦のために、亡命キューバ人の訓練を担当する。
カルロス・マルセロの指示の下で行動した。

カルロス・リガル(ビクター・マイケル・アーツ)
CIAに雇われたフランス出身の殺し屋。有名な国際麻薬密売人でもある。
CIAでは国家元首を暗殺をするチームに参加する。

○ アメリカ・マフィア

カルロス・マルセロ
ニューオーリンズ・マフィアのボス。シマはルイジアナ州とテキサス州。
ケネディ政権はマフィア撲滅を掲げ、マルセロを逮捕してグアテマラに追放した。
マルセロは深く恨み、ケネディ大統領を賞金首にし、マフィア仲間に「暗殺したら大金を渡す」と触れ回った。
そして、ケネディ暗殺の計画を立案するように、フェリーらに命じた。

サム・ジアンカーナ
シカゴ・マフィアのボス。
ケネディの父に頼まれ、1960年の大統領選挙でケネディを応援する。
だがケネディは、ジアンカーナも撲滅すべきマフィアのリストに入れた。
そのため深く恨み、ケネディ暗殺計画に深く関わる。

サントス・トラフィカンテ
フロリダ・マフィアのボス。
マフィアの中で殺しを請け負う、殺し屋を多く抱える人物。
バティスタ時代のキューバでは、最も利権をむさぼったマフィアの1人。
かつてのキューバ利権を取り戻すために、アメリカ政府のカストロ政権転覆の作戦に深く関わる。
その後、ケネディ暗殺計画にも大きく関わる。

ジョニー・ロゼリ
ラスベガス・マフィアのボス。

ジャック・ルビー
マフィアの幹部。 武器の密売、麻薬の密輸を行う。
死期の迫った彼は、オズワルドを殺すように命じられ、護送中のオズワルドを公衆の面前で射殺した。

マイヤー・ランスキー
この時代のアメリカ・マフィアのボス。
ラッキー・ルチアーノがボスだった時代から活躍し、金融面(マネー・ロンダリングなど)で手腕を発揮した。

ユージン・ヘイル・ブレイディング(ジム・ブレイドン)
マフィアの一員で、JFK暗殺の数分後にディーリー・プラザで逮捕された。

○ FBI

ジョン・エドガー・フーバー
FBI長官を長く務め、ケネディ政権の発足時も留任された。
ケネディと折り合いが悪く、ケネディ暗殺計画が進行していると知りながら、手を打たなかった。
ケネディ暗殺後は、証拠隠滅に協力した。

○ 亡命キューバ人

マリオ・ガルシア・コーリー
アメリカに亡命したキューバ人の中でも大物で、カストロが政権をとるまではキューバで
指折りの銀行家だった。
アイゼンハワー政権時にニクソン副大統領は、「カストロを倒したらコーリーを大統領にする」との密約を、彼と交わした。
ケネディ政権になると冷遇される。
資金を融通してもらう中で、アメリカ・マフィアと親しくなっていく。

エラディオ・デル・バレ
コーリーの有力な部下。
アメリカやキューバで活動し、現場で指揮官として活動した。

CRC(キューバ革命評議会)
亡命キューバ人の組織の1つで、ケネディ政権が肩入れをした。
代表者はマヌエル・アルティメ。

FRD(キューバ革命戦線)
亡命キューバ人の組織の1つで、アメリカ政府内のカストロ支持派が設立した。
設立の中心人物は、国務省のウィリアム・ウィーランド。

アントニオ・ベシアーナ
亡命キューバ人の部隊のリーダー。
「SNFE/ALPHA66」の指揮官。

ローランド・マスフェラー
亡命キューバ人の傭兵で、部隊のリーダー。
ケネディ暗殺作戦では、複数いる暗殺チームの調整役となった。

○ その他の人々

リチャード・ニクソン
アイゼンハワー政権時には副大統領。
その時期に、カストロ暗殺計画など数々の秘密作戦に関わる。
1960年の大統領選挙でケネディと対決するが、敗れる。

ジミー・ホッファ
チーム・スターのボス。
マフィアと懇意にしていて、ケネディ暗殺計画に関与した。

マリリン・モンロー
映画女優だが、ケネディ兄弟の愛人だった。
サム・ジアンカーナの愛人でもあり、この女を通じてケネディ兄弟とジアンカーナが繋がっていた。

マリー・マイヤー
ケネディの愛人で、元夫のコード・マイヤーはCIA職員。
ケネディ暗殺の真相を知ったため、暗殺される。

シリル・ウェクト
『大統領の検屍官』の著者。
ケネディ暗殺事件の公式発表に疑問を持ち、独自に調査をした。

ジム・ギャリソン
ニューオーリンズの地方検事。
1967年からケネディ暗殺事件の調査をした。


ほとんど、CIAとマフィアであった。



クレイ・ショー裁判
ケネディ暗殺事件が法廷上で検討された唯一の例がクレイ・ショー裁判であった。ニューオリンズのジム・ギャリソン検事は、1967年3月2日、ニューオリンズの実業家クレイ・ショー(Clay Shaw)を大統領暗殺に関わる陰謀罪で逮捕した。ギャリソンはクレイ・ショーがCIA経由でケネディ暗殺事件に関わっており、事件はCIA、軍部、国家の関与するクーデターであると主張した。裁判はギャリソンが敗北するが、後に、CIAがウォーレン委員会の批判者たちへ圧力をかけたこと、クレイ・ショーが実際にCIAのために働いていたことが公的に示された[注釈 117][64]。1991年に公開された映画「JFK」はクレイ・ショー裁判をモデルにした作品である[注釈 118]。


日本もアメリカも、マフィアが仕切る国家なのかどうなのか。
あながち・・・