http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/-nato-16ee.html
Tony Cartalucci
2015年3月22日
New Eastern Outlook
NATOは、クリミアが“侵略され”“占領された”と称している。NATOは侵略と占領が本当はどのようなものか、世界にしっかり教えてくれたが、クリミアはそうではない。2001年、NATOは中央アジアの国アフガニスタンを侵略し、占領を開始した。侵略と占領で、何万人も殺害し、遥かに多数の人々を強制退去させ、混乱と暴力が現在まで続く結果となっている。紛争の間、侵略するNATO軍兵士や、そのアフガニスタン人協力者達が犯した虐待が終始発覚し、大量虐殺や組織的拷問を含む他の残虐行為が暴露された。
戦争の結果、武装無人飛行機が使用され、アフガニスタン-パキスタン国境で、定期的に男性や女性や子供達を無差別に殺害しており - 紛争が続いている間、この大量虐殺作戦も継続している。
2003年、NATO加盟諸国が、アメリカ合州国のイラク侵略と占領に参加した。何千人もの欧米軍兵士を含む推計100万人が命を失った。十年近く、アメリカ合州国はイラクを占領し、好ましい傀儡政権をてこ入れする取り組みで、国に被害を与えた。アメリカ軍は、イラク国民支配を目指し、あらゆる都市に見境のない攻撃をした。ファルージャは、二度もほぼ徹底的に破壊された。
アメリカは、イラク全土で捕虜収容所も運営していた。中には巨大で広大なものもあれば、悪名高いアブグレイブ監獄を含め、暗い秘密のものもあり、残虐行為がその中で行われた。欧米の国軍に加え、かなりの人数の、金で集めた傭兵が、占領にも、占領中に行った民間人の大量殺害を含む残虐行為にも加わり、刑事事件まで引き起こし、いまだに欧米の法体系に影響し、欧米の信頼性を世界中で損なっている。
これこそが本物の侵略と占領の姿だ。武装して、ある国に入りこみ、最大限の武力によって、その国民全員を完全服従させるのだ - アメリカは、それを“衝撃と畏怖”と呼んでいるが - そういうものを望まず、そうしたものを追い出す為に、進んで戦おうとする人々の街路に、戦車や軍隊を配備して脅しての占領だ。
2014年3月に、クリミアがロシアに復帰した際、NATOはこの動きを“侵略”と“占領”と呼び、世界はそれなりに懸念した。“侵略”と“占領”という言葉を、NATOの何十年もの海外侵略に伴う大量虐殺のレベルと同一視し、今回はロシア人の手により、そうした暴力が、今クリミアでも振るわれていると思い込んだ為に懸念した人々がいるのだ。NATOがクリミアででっちあげようとしている出来事の見え透いた嘘を懸念している人々もいる。
NATOとロシアの介入の違い
NATOのイラクとアフガニスタン介入は、強烈な抵抗に会ったが、ロシアのクリミア介入は、いくつかの重要な差異ゆえに、そういうことはなかった。そもそも、NATOは文字通り、海を越えて各国に侵略した。彼らの軍事侵略の標的諸国は、欧米と何ら共通の歴史も有しておらず、文化的、宗教的、あるいは言語的類似性もなく、また確実に、お互い、現代の共通利害もない。イラクでも、アフガニスタンでも、欧米自体が仕立てた、形ばかりの傀儡を除き、重要な党派が、欧米に介入を要請したわけではなかった。クリミアは、これと対照的に、かつてロシアの一部だったのだ。クリミア住民の多くは、自らをロシア人か、ロシア系だと考えている。彼らはロシア語を話し、ロシアの慣習を守っている。クリミア住民の多くが、自らの足元の土地は、第二次世界大戦中の対ナチス戦を含め、長い歴史の間、侵略から守る為に流されたロシア人の血に濡れていると考えている。
あからさまにアメリカが支援したキエフのクーデターでウクライナ政府が暴力的に打倒され、過去1940年にアドルフ・ヒトラーの支援を得て権力を獲得した、おなじみの多くのシンボルや運動が、再び西ウクライナでよみがえり始めたので、人々が保護を求めて、ロシアに頼るのは自然のことだ。クリミア住民は、ロシア介入を望んだのみならず、住民投票が行われ、彼らの要求を圧倒的に数値で示した。
いくつかの軍事基地急襲や、ウクライナ軍兵士との対立における何度かの緊張する瞬間を除けば、ロシア軍がクリミアに移動をはじめた際、紛争はなかった。
一年後、全て良し…
ロシア化したクリミアでの生活は、現在ごく当たり前の状態だ。戦争が隣国ウクライナで続くなか、クリミア住民は平和や、安定や、一体感や、未来への希望を享受している。彼らがウクライナ国内で恐怖を生み出し、更にそれを、国境の反対側、ロシアで再現しようとするNATOの取り組みによってもたらされた経済的後退にもかかわらず、人々は依然として、紛争が始まる前にやっていたのとほぼ同様に事業をすることができている。経済制裁にもかかわらず、経済は実際、改善されたという人々もいる。
もちろん、武力紛争が国境の向こうで展開している以上、移行が継ぎ目なく進むわけはない。ユーロニューズは、記事“ロシアによる併合から一年後のクリミア経済”で下記の様に、クリミアでの複雑な心境を報じている。
多くの住民にとって、最大の懸念は、急騰する食品価格だ。キエフがその国境を認めることを拒否しているので、合法的にクリミアに直接輸出できないのだ。
大半の必需品は、ロシアから、フェリーで搬入されるが、悪天候で何日も入荷がおくれることがある。多くの製品は入手ができない。地方政府のデータでは、3月から 12月の間に、インフレが38パーセントも進み、食品価格はほぼ50%上がった。ロシアのスーパーマーケット・チェーンは一つもクリミアで開店してはいない。
だが、1月末のウクライナの市場調査機関による調査結果では、質問した800人の半数以上が、ロシア復帰以来、経済的に暮らしやすくなったと考えている。
こうしたことにもかかわらず、わずか一年後、様々な状況を考えれば、特に隣国ウクライナと比較すれば、クリミアは順調だ。物流ネットワークは必ずや再構築され、市場は確実に対応するだろう。欧米は、ロシアへの復帰から一年後のクリミアの状況を出来るだけ悲惨に描こうと必死で、連中が書けることと言えば“マクドナルド”や“アップル”の店舗が無くなるという、クリミアが“苦しんでいる”“証明”しかないのは、クリミア住民にとって好ましいことだ。
NATOは、これを“侵略”と“占領”と呼んでいるが、皮肉なことに、NATO自身が本当の侵略や占領がどのようなものかを、しっかり世界に教えたので、クリミアにおけるロシアに対する最近の連中の主張は実に空々しく聞こえる。もう一つ、皮肉なのは、ウクライナで、NATOが支援するキエフ政権が、普通は本当の侵略と占領にある様な条件や恐怖を自国民に押しつけているという事実だ。ウクライナでの紛争を、NATOが世界中で行っているいくつかの“代理戦争”の一つと呼ぶ向きもあるが、これも何ら驚くべきことではない。
トニー・カタルッチは、バンコクを本拠とする地政学研究者、作家で、とりわけオンライン誌“New Eastern Outlook”への著者である。
記事原文のurl:http://journal-neo.org/2015/03/22/russian-crimea-one-year-later/
----------
友愛ブックレット『ウクライナ危機の実相と日露関係』東アジア共同体研究所編 花伝社発行 共栄書房発売 1000円+税 3月25日初版第1刷発行とある。
鳩山友紀夫/下斗米伸夫/コンスタンチン・サルキソフ/木村三浩/アナトリー・コーシキン/高野孟
を購入。
週刊誌に鳩山氏らの行動を批判する記事が掲載されていると聞いたが、予算不足。
大本営広報の報道しか読まずに、鳩山氏らの行動を批判するのは無意味。
彼らの考え方、そしてウクライで起きたことの基本を、大本営広報でない情報源から得た上でなければ、まともな判断はできないだろう。
批判している方々、例えば相手側の情報源、Russia Today、Press TVや、欧米の視点とは違うEastern Outlook等の記事を読んだ上で、批判しておられるとは思えない。こうした報道がでたらめと思われるなら、そういう記事を読んでいる人々が、納得させられる反論を拝読したいもの。
知人に、ウクライナ事情に関する個人的判断を説明したところ、「洗脳されているな」「アメリカの報道・番組をみなさい」と言われたことは先に書いた。
自分ではRussia Todayや、Press TVや、Eastern Outlook等の報道を読もうとせず、相手には「アメリカの報道・番組をみろ」「見た感想を報告せよ」と一方的要求をするのにあきれた。
以下略
洗脳されている人が、洗脳されていない人(洗脳を解いた人)に対し「お前は洗脳されている」と言う・・・ややこしさ(笑)視野の狭窄具合が、ネトウヨに通ずるものを感じた。
それと、大量破壊兵器のなかった、言いがかりイラク戦争の死者100万人のことも忘れずに。
鳩山氏インタビュー映像↓
【鳩山由紀夫氏生出演】クリミア訪問の真相 鳩山由紀夫×孫崎享×高野孟
https://www.youtube.com/watch?v=kETsITwqSrk
「百聞は一見にしかず」を、身を以て示した男「鳩山由紀夫」であった(笑)
41:00~ 住民投票の話(経済制裁の話)
ウクライナ憲法73条 ウクライナ領土の変更問題 国民投票のみによって決めることができる
ウクライナ憲法138条2項 住民投票の運営管理は、クリミア自治共和国の権限でできる
動画内容と櫻井ジャーナル記事と、整合性が取れたような雰囲気ね。
YouTubeコメントに、ネトウヨが沸いてますね(笑)
ネオコンを後ろ盾にして殺戮、破壊、略奪を繰り返してきたウクライナ富豪を独有力紙も批判的報道
2015.03.28 櫻井ジャーナル
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201503280000/
このヌランドの結婚相手がネオコン/シオニストの大物、ロバート・ケーガン。ネオコンは1992年にDPG(国防計画指針)の草案という形で世界制覇プランを作成、それに基づいてネオコン系シンクタンクのPNAC(新しいアメリカの世紀プロジェクト)は「米国防の再構築」を書き上げ、2000年に発表している。ロバート・ケーガンも共同執筆者のひとりとして名を連ねていた。
ロバート・ケーガンについて、どのような考えの人物か↓
これが本家屁理屈か(笑)
ネオコンの言い訳:ケーガンの「戦争せよ米国」
2014年07月17日 奥山真司
http://blogos.com/article/90754/
今日の横浜北部は午後に入ってから曇りました。連日の蒸し暑さは少しだけやわらいだ気が。
さて、久々にネオコンのケーガンが面白いことを書いていたのでその記事の要約です。
彼はブルッキングス研究所に移って、いよいよ民主党政権にもアドバイスをしようということなんでしょうか。
ただし「前科」があるので、あまり説得力はないようにも感じますが・・・
アメリカに必要なのは、戦力を使うべきかどうかではなく、いつ使えばいいかという議論だ
By ロバート・ケーガン
●イラク戦争というのは、何人かの知識人たちが示しているように、ここ数十年間のアメリカにとって最悪の戦略の失敗であったのだろうか?簡単にいえば、答えは「ノー」である
●むしろ失敗したのは、2001年の9月11日のアメリカ本土に対するアルカイダとオサマ・ビン・ラディンの攻撃を防げなかった人々のほうだ。この攻撃によって3000人近いアメリカ人が死んでいる。
●そしてさらに時間をさかのぼれば、ヨーロッパではヒトラー、アジアでは日本を阻止できなかった失敗が大きく、このスケールはイラクやベトナムの失敗をはるかに越えるものだ。
●ところがここで問題になってくるのは、あまりにも早く軍事力使ってやりすぎてしまう間違いと、遅くなってから使って手遅れになってしまうという間違いだ。また、最初の失敗が次の失敗につながるのも当然と言えよう。
●911を生き残った人々の教訓は、「脅威を前にしての消極的な態度は危険だ」ということだ。そしてこの教訓は、2003年のイラク侵攻の前に武力行使を容認した、大多数の米国の連邦議員たちに共有されていた。
●同様に、1930年代の世界政治に対する消極的な態度からアメリカが学んだ教訓は、冷戦時代のアメリカの世界における積極的な(時としてはやり過ぎだったが)行動につながった。
●歴史家や専門家たちが行ってきたように、この二つのケースでは、アメリカの態度の振れ幅が大きすぎであり、ケナンのような人々が批判してきたのもこの点であった。
●そして現在の状況にも、この振れ幅の問題が当てはまる。アメリカはあまりにも消極的になりすぎたからだ。
●中には、ここ十年間の状況は特殊であったために、アメリカはより伝統的な、対外政策において軍事力をあまり活用すべきでないパターンに戻るべきだという人もいる。ところがアメリカは、歴史的にかなり頻繁に軍事力を使ってきた。
●数え方にもよるが、アメリカは1898年から世界中でおよそ26回も武力介入を行ってきた。さらに小規模なもの、たとえば今回のリビアやレーガン政権のカダフィ空爆なども加えれば、その数は少なくとも6倍増えることになる。しかもこれにはアイゼンハワー大統領の小規模なものは含めていない。
●アメリカが地上部隊を派遣した大規模な介入を数えただけでも、アメリカは1898年から4年半に1回の割合で介入を繰り返している。アメリカは過去116年間に52回も世界のどこかで戦闘を行ってきたのだ。年数の割合でいえば、45%の時間を戦争していたことになる。
●特に冷戦後の介入の度合いは高まっており、その割合は3年ごとに1回になっている。いいかえればアメリカは25年のうちの19年間を戦っているということであり、その期間はベルリンの壁が崩れてから75%の期間ということになる。
●しかもこれは、政権が民主党か共和党に関係ない。リアリストと言われているブッシュパパも、四年の任期の間に三回軍事介入を命じているのだ。
●ではアメリカは「いつものやり方」に戻るべきなのか、それともそれをやめるべきなのだろうか?
●これについては軍事的に目標を達成できなかった失敗や、そもそも使用すべきではなかったケースのほうを指摘することは簡単だ。ところが実際は、実行して効果があった(ように思える)ケースの方が多い。
●たとえば朝鮮戦争が終わった時に、アメリカ人の中でこれが成功であっと考えていた人は本当に少なかった。ところが韓国の今日の発展というのは、このアメリカの「忘れられた戦争」における活躍がなければ考えられないのだ。
●私の考えからすれば、アメリカが兵力の使用やその使用の脅しによってリベラルな世界秩序を守るという意志を持つことが、戦後の世界秩序が維持できた、決定的な(不可欠な)理由である。
●そしてこれは、効果的な外交においても不可欠な要素である。当時国務長官を務めていたジョージ・シュルツは、「パワーと外交は表裏一体です・・・強さの裏付けのない外交に効果がないというのは、厳しい現実なのです」と言っている。
●今日の問題は、「軍事力をいつ使用するのかしないのか」という疑問の間で、正しいバランスを見極めることだ。通常なら、「常に使え」と「決して使え」のどちらかになるだろう
●しかしわれわれが行わなければならないのは、このようなマニ教的な二元論から離れて、ストローマン(相手の引用を曲解して議論すること)や劇画的なものから、軍事力をどのように正しく使うのかという合理的な議論を行うことなのだ。
By ロバート・ケーガン
●イラク戦争というのは、何人かの知識人たちが示しているように、ここ数十年間のアメリカにとって最悪の戦略の失敗であったのだろうか?簡単にいえば、答えは「ノー」である
●むしろ失敗したのは、2001年の9月11日のアメリカ本土に対するアルカイダとオサマ・ビン・ラディンの攻撃を防げなかった人々のほうだ。この攻撃によって3000人近いアメリカ人が死んでいる。
●そしてさらに時間をさかのぼれば、ヨーロッパではヒトラー、アジアでは日本を阻止できなかった失敗が大きく、このスケールはイラクやベトナムの失敗をはるかに越えるものだ。
●ところがここで問題になってくるのは、あまりにも早く軍事力使ってやりすぎてしまう間違いと、遅くなってから使って手遅れになってしまうという間違いだ。また、最初の失敗が次の失敗につながるのも当然と言えよう。
●911を生き残った人々の教訓は、「脅威を前にしての消極的な態度は危険だ」ということだ。そしてこの教訓は、2003年のイラク侵攻の前に武力行使を容認した、大多数の米国の連邦議員たちに共有されていた。
●同様に、1930年代の世界政治に対する消極的な態度からアメリカが学んだ教訓は、冷戦時代のアメリカの世界における積極的な(時としてはやり過ぎだったが)行動につながった。
●歴史家や専門家たちが行ってきたように、この二つのケースでは、アメリカの態度の振れ幅が大きすぎであり、ケナンのような人々が批判してきたのもこの点であった。
●そして現在の状況にも、この振れ幅の問題が当てはまる。アメリカはあまりにも消極的になりすぎたからだ。
●中には、ここ十年間の状況は特殊であったために、アメリカはより伝統的な、対外政策において軍事力をあまり活用すべきでないパターンに戻るべきだという人もいる。ところがアメリカは、歴史的にかなり頻繁に軍事力を使ってきた。
●数え方にもよるが、アメリカは1898年から世界中でおよそ26回も武力介入を行ってきた。さらに小規模なもの、たとえば今回のリビアやレーガン政権のカダフィ空爆なども加えれば、その数は少なくとも6倍増えることになる。しかもこれにはアイゼンハワー大統領の小規模なものは含めていない。
●アメリカが地上部隊を派遣した大規模な介入を数えただけでも、アメリカは1898年から4年半に1回の割合で介入を繰り返している。アメリカは過去116年間に52回も世界のどこかで戦闘を行ってきたのだ。年数の割合でいえば、45%の時間を戦争していたことになる。
●特に冷戦後の介入の度合いは高まっており、その割合は3年ごとに1回になっている。いいかえればアメリカは25年のうちの19年間を戦っているということであり、その期間はベルリンの壁が崩れてから75%の期間ということになる。
●しかもこれは、政権が民主党か共和党に関係ない。リアリストと言われているブッシュパパも、四年の任期の間に三回軍事介入を命じているのだ。
●ではアメリカは「いつものやり方」に戻るべきなのか、それともそれをやめるべきなのだろうか?
●これについては軍事的に目標を達成できなかった失敗や、そもそも使用すべきではなかったケースのほうを指摘することは簡単だ。ところが実際は、実行して効果があった(ように思える)ケースの方が多い。
●たとえば朝鮮戦争が終わった時に、アメリカ人の中でこれが成功であっと考えていた人は本当に少なかった。ところが韓国の今日の発展というのは、このアメリカの「忘れられた戦争」における活躍がなければ考えられないのだ。
●私の考えからすれば、アメリカが兵力の使用やその使用の脅しによってリベラルな世界秩序を守るという意志を持つことが、戦後の世界秩序が維持できた、決定的な(不可欠な)理由である。
●そしてこれは、効果的な外交においても不可欠な要素である。当時国務長官を務めていたジョージ・シュルツは、「パワーと外交は表裏一体です・・・強さの裏付けのない外交に効果がないというのは、厳しい現実なのです」と言っている。
●今日の問題は、「軍事力をいつ使用するのかしないのか」という疑問の間で、正しいバランスを見極めることだ。通常なら、「常に使え」と「決して使え」のどちらかになるだろう
●しかしわれわれが行わなければならないのは、このようなマニ教的な二元論から離れて、ストローマン(相手の引用を曲解して議論すること)や劇画的なものから、軍事力をどのように正しく使うのかという合理的な議論を行うことなのだ。
うーん、微妙ですね。「いつも使ってきたから今後も使おう」というロジックにはちょっと無理があるでしょう。
結局彼はラムズフェルドと同じで、決して過去の戦略的な過ちを認めようとしないんでしょうなぁ
911偽旗の件では、「犯人一味の癖に、ヌケヌケと・・・」と言った感じでしょうか。
失敗を認めない=反省しない=進歩がない、というのは、日本の原子力ムラとかぶる(笑)
似たような人間が、何処の国にもある一定数存在すると言うことだろうか。
軍事力なんてオブラート包んでいるから誤魔化されるわけで、軍事力=暴力と包みをとると、暴力は素晴らしい手段である、暴力はドンドン使え、「アメリカに必要なのは、暴力を使うべきかどうかではなく、いつ使えばいいかという議論だ」と言っているネオコンが、いかにイカレテイルか理解できると思う。
さらにインパクトが欲しければ、暴力=殺人や暗殺などと入れ替えれば良い。
つまり、米国政府内の政策決定部署に暴力団(ギャング・マフィア)が居る、と言うことである。
(ネオコンはシオニストでもあり、ナチスの残党でもあり、終末カルト教信者でもあるとの話)
それとは別に、軍事力=AKB48と入れ替えると、ネオコンのやっていることというのは、儲かるのでAKBをゴリ押ししている芸能関係者メディア関係者と、行動パターンは大差ないともわかる。(現在AKBが流行っているかしらんが)
総合的に判定すると、凶暴さ邪悪さが知性の足を引っ張っている、そんな連中であった(笑)
そろそろ終了と見てます。
「The darkest hour is always just before the dawn. : 夜明け前が一番暗い。」
苦難や雌伏の期間は、終わりかけの時期が最も苦しい。それを乗り越えれば、事態が好転するだろう。
である。
ヌランドとヒラリーの、目つき雰囲気が似ていると感じた人間は、自分だけではないはず↓
キエフ政権は軍を再編、米国は軍事支援を強化し、既に戦車をウクライナへ運び込んでいるとの情報
2015.03.27 櫻井ジャーナル
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201503270000/
アメリカがウクライナへ50台ほどの戦車を運び入れているという情報が流れている。この情報が正確なら、キエフ政権へ武器を供給するように求めているアメリカ議会の意向に沿うもの。すでにキエフ側へ西側から武器が渡っていると言われているが、戦車となると意味が違ってくる。

現在、キエフ政権はロシア、ドイツ、フランスとの話し合いで東部/南部で停戦に合意しているのだが、同政権を支えている柱のひとつであるネオ・ナチが反発、ネオ・ナチの後ろ盾であるアメリカ/NATOも平和的な解決を望んでいない。戦車が運び込まれても不思議ではない状況だ。
ビクトル・ヤヌコビッチ大統領を追放したクーデターの前、昨年2月4日にビクトリア・ヌランド米国務次官補とジェオフリー・パイアット駐ウクライナ米国大使との電話会談を盗聴した音声がYouTubeへアップロードされた。その中でヌランドは「EUなんかくそくらえ(F*ck the EU)」と口にしている(↓映像)が、これは話し合いで混乱を解決しようとするEUへの不満から出てきた表現だった。
Марионетки Майдана
https://www.youtube.com/watch?v=MSxaa-67yGM
このとき、ヌランドとパイアットはウクライナの「次期政権」の閣僚人事について話し合っていた。ヌランドが高く評価していたアルセニー・ヤツェニュクがクーデター後、首相に就任している。このクーデターは2013年11月に始まった反政府運動から始まり、翌年の2月に入ると暴力がエスカレートしていく。そうした中、ヌランドとパイアットとの会話が明るみにでたわけだ。
暴力が加速する過程でヌランドとパイアットは反政府運動の拠点になっていたユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)でクッキーを配るというパフォーマンスを演じ、アメリカ上院のジョン・マケイン議員やジョー・リーバーマン議員など反乱を扇動する動きもあった。
ヌランドの意向通り、2月18日頃からネオ・ナチは暴力をエスカレートさせた。棍棒、ナイフ、チェーンなどを手に、石や火炎瓶を警官隊に投げつけ、ピストルやライフルを持ち出して街を火と血の海にしたのである。
21日にヤヌコビッチ大統領と反ヤヌコビッチ派は平和協定に調印するのだが、翌22日には屋上からの狙撃で多くの死者が出始め、協定は実現しない。この日、議会は憲法の規定を無視してトゥルチノフを大統領代行に任命、アメリカ/NATOのキエフ制圧は成功、矛先はヤヌコビッチの地盤だった東部や南部に向かい、虐殺が始まる。
広場での狙撃が平和協定を破壊する大きな要因になったが、この狙撃が反ヤヌコビッチ派によるものだとうことは、エストニアのウルマス・パエト外相がEUのキャサリン・アシュトン外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者/イギリス人)へ2月26日に電話で報告している。(↓映像)
Breaking: Estonian Foreign Minister Urmas Paet and Catherine Ashton discuss Ukraine over the phone
https://www.youtube.com/watch?v=ZEgJ0oo3OA8
「全ての証拠が示していることは、スナイパーに殺された人びと、つまり警官や街に出ていた人たち双方、そうした人びとを同じスナイパーが殺している。同じ筆跡、同じ銃弾。実際に何が起こったかを新連合(後の暫定政権)が調査したがらないほど、本当に当惑させるものだ。スナイパーの背後にいるのはヤヌコビッチでなく、新連合の誰かだというきわめて強い理解がある。」「新連合はもはや信用できない。」
この狙撃を指揮していたのはネオ・ナチを率いるひとり、アンドレイ・パルビーで、少なからぬ狙撃手がグルジアから来ていた可能性が高い。国家安全保障国防会議(国防省や軍を統括する)の議長を務めた後、議会の第1副議長に就任している。
キエフのクーデターで東部や南部を支持基盤としていたヤヌコビッチ大統領を暴力的に排除するのを見て、クリミアの住民は素早く動く。自治共和国最高会議がロシアへの編入を全会一致で議決、3月16日には住民投票が実施された。その投票率は83.1%で、そのうちロシアへの編入に96.7%が賛成している。
住民がキエフのクーデターに反発しただけでなく、駐留していたウクライナ軍の圧倒的多数もクリミア側につき、アメリカ/NATOの思惑は外れる。少数民族のタタール系の住民も多数派はクーデターに賛成しなかった。
このクリミアは戦略的に重要な場所にあり、特にセバストポリはロシア海軍の黒海艦隊が拠点にしている。1991年にソ連は消滅するが、97年にロシアとウクライナとの間で締結され、99年に発効した条約により、基地の使用と2万5000名までの駐留がロシア軍に認められた。その当時から1万6000名のロシア軍が実際に駐留している。
クリミアを「ユーロマイダン化」できればロシア軍を追い出すこともできただろうが、住民の圧倒的多数がロシアを選択。アメリカの好戦派はこの時点で目算がはずれた。西側メディアは駐留ロシア軍を侵略軍だと宣伝、東部や南部でキエフ軍が苦戦するとそこにもロシア軍がいると叫び始めたが、証拠も根拠も示していない。
その東部や南部での民族浄化作戦は4月に始まる。まず、4月12日にジョン・ブレナンCIA長官がキエフを極秘訪問、その2日後にアレクサンドル・トゥルチノフ大統領代行が制圧作戦を承認したのだ。
次いで4月22日にジョー・バイデン米副大統領がキエフを訪問、それにタイミングを合わせるようにしてオデッサでの工作に関する会議が開かれた。出席したのはアレクサンドル・トゥルチノフ大統領代行、アルセン・アバコフ内相代行、バレンティン・ナリバイチェンコSBU長官代行、アンドレイ・パルビー国家安全保障国防会議議長代行、そしてオブザーバーとしてドニエプロペトロフスクのイゴール・コロモイスキー知事。会議の10日後、5月2日にオデッサでクーデター政権を拒否する住民が虐殺された。
オデッサで多くの住民が殺されたのは労働組合会館。犠牲者の数を50名弱とメディアは伝えたが、これは上の階で死体が発見された数。多くは地下室で惨殺され、犠牲者の数は120名から130名と言われている。70~80名はどこかに埋められた可能性が高い。
コロモイスキーはスイスのジュネーブを生活の拠点にしているイスラエル系オリガルヒで、ウクライナ、イスラエル、そしてキプロスの国籍を持っている。このコロモイスキーが雇っている私兵が3月19日からウクライナの大手石油関連会社ウクルトランスナフタ、そして同社の親会社であるウクルナフタのオフィスを制圧、文書を破棄したという。
ウクルナフタはウクライナ最大の石油企業で、発行済み株式の51%を国が保有、コロモイスキーは42%のみだが、これまでコロモイスキーが傀儡経営者を使って支配してきた。ペトロ・ポロシェンコ大統領はその傀儡経営者を排除、今回の襲撃につながった。
本ブログでは何度も書いてきたが、ポロシェンコ政権はウォール街の支配下にある。例えば、金融大臣はシカゴ生まれでアメリカの外交官だったナタリー・ヤレスコ、経済大臣はリトアニアの投資銀行家だったアイバラス・アブロマビチュス、保健相はグルジアで労働社会保護相を務めたことのあるアレキサンドル・クビタシビリ、そして大統領の顧問にはミヘイル・サーカシビリ元グルジア大統領が就任している。
そうしたポロシェンコが襲撃事件を起こしたコロモイスキーを解任したということは、アメリカ政府が解任を容認した、あるいは求めたということ。パイアット大使がコロモイスキーの行為を非難したとも言われている。自分たちの正体を明らかにするようなことをするのは軽率すぎるということだろう。コロモイスキーはこのまま引き下がるとは考え難く、混乱要因。
ポロシェンコは私兵組織を統合しようとしているようだが、これもアメリカの意図だろう。キエフ軍を立て直し、東部や南部を軍事的に制圧しようとしている可能性が高い。グルジアを経由してチェチェンの反ロシア軍、あるいはIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)の戦闘員を投入することも考えられる。ポロシェンコ大統領は国連軍の派遣を求めているようだが、国連軍の看板を掲げてNATO軍がウクライナ制圧に乗り出すこともありえるだろう。
鳩山氏の主張や櫻井ジャーナルの記事が、事実に即していると判定すると色々見えてくる。
全く逆の情報を流していた欧米(日本)のマスコミは、偽情報の発信やコジツケ解釈・誤誘導・意図的に配信しない(情報隠ぺい)など、情報操作を頻繁に繰り返していたと判定できる。そのような情報操作を行っているマスコミ情報は、今後疑ってかからないと何度も騙される。(国際・国内政治では特に)
ロシアからの情報が統制されていると言う話を聞くが、この件についての報道はマトモであった。
敵味方、正義と悪なんてものはラベルであり、両者の主張を比較分析することが大切である。
インターネットのある昨今、両者の主張を知ることが簡単にできる。
比較分析を怠っている人間に対しては、なぜやらないのか質問してみると良いでしょう。
要は、バランスが重要。
ちなみに旅客機と言うのは、機構面、運用面の厳格さから、簡単に墜落するものではない。
最近よく落ちますね。
メモ。