
<審査員が実在しないという証拠>
http://civilopinions.main.jp/2012/04/422.html
証拠1 公表された審査員平均年齢が、1回目34.27歳から34.55歳に、2回目は30.9歳から33.91歳に、さら34.55歳と、3回も訂正があった。
本当に審査員の平均年齢だったら、3度も言い直すことなどありえない。
証拠2 第1回目と第2回目がともに 34.55歳とピタリ同じであった。2回とも34.55歳という若い平均年齢になる確率は100万分の1回であり、実際にはありえない。
証拠3 審査員は、補充員含めると総勢44名が選ばれているはずだが、不可思議な議決がなされているにもかかわらず、全然声もない。一人ぐらいその報道に反論するはず。
証拠4 個々の審査員の年齢、生年月日、生年月を一切開示せず。
開示できないのは、まともな審査員がいない証拠。
非公開を口実に、全く情報を公開しないのは後ろめたいことがあるとしか思えない。
不正があるから隠すのでしょう。
これこそ推認有罪・説明責任だね(ブーメラン)
小沢無罪判決の本質
http://ameblo.jp/aratakyo/entry-11234671973.html
<長いのでつぎはぎ引用>
小沢無罪は、当然すぎるほどである。もちろん、東京地裁の判決内容の細部には問題もあるが、「任意性の疑いがある捜査があった。あってはならないことだ」と東京地検特捜部の取り調べを批判し、虚偽捜査報告書について検察の自浄的調査を促した点は評価できる。
最高検は、大阪地検特捜部のFD改ざん事件で見せた身内への迅速な捜査を、東京地検特捜部についても進めるべきであろう。
さて、小沢裁判の本質は、政治資金収支報告書の記載方法というチマチマした問題ではなく、政権交代前夜の首相候補者を抹殺しようとした検察(行政)権力の企てに、司法権力がどう対処するかという、その一点にあった。
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自衛隊は別として、現代の公的暴力装置といえるのは、人をお縄にかけることのできる検察や警察、そしてペンや電波の威力で世論を変えうるマスメディアであろう。
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それは、まさに小沢が法廷で次のように陳述した戦前の歴史を彷彿とさせる。
「日本は戦前、行政官僚、軍部官僚・警察検察官僚が結託し、財界、マスコミを巻き込んで、国家権力を乱用し、政党政治を破壊しました。その結果は、無謀な戦争への突入と悲惨な敗戦という悲劇でありました。昭和史の教訓を忘れて今のような権力の乱用を許すならば、日本は必ず同様の過ちを繰り返すに違いありません」
モンスターのごとき官僚組織の最前線に立つ検察は戦前、天皇の名のもとに権力を使ったが、戦後は仕える相手を国家という抽象的な概念に置き換えて、国家の守護者たる自分たちこそ正義であると盲信し行動しているかに見える。
陸山会事件は、政治資金収支報告書の記載方法をめぐる些細な解釈の違いをあげつらって、元秘書3人を逮捕し、国政に影響の大きい小沢という一人の政治家の政界追放を画策したものであり、まさに国策捜査のなかでも、最悪の部類に属する。
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今回の小沢無罪判決は、元秘書三人への「推認」による有罪判決で「異常」を露呈したこの国の司法が、わずかながら、「普通」を取り戻したということであろう。
これを報じるテレビ、新聞は、三年余りにわたるほとんど誤報に近い小沢バッシングの自己正当化をはかるかのごとく、「グレー」とか「限りなく有罪に近い無罪」とか、判決の片面ばかりを異常に強調する。
どの民放テレビ局を見ても、高井康行、若狭勝といった特定のヤメ検弁護士が登場してこの判決のコメントをしていたのも気になった。
「小沢元代表無罪 許せぬ検察の市民誤導」と題する東京新聞の社説があったのは、新聞界にとってせめてもの救いといえよう。
永田町異聞 小沢無罪判決の本質 より
http://ameblo.jp/aratakyo/entry-11234671973.html
謀略に失敗しちゃいました(笑)
「グレー」とか「限りなく有罪に近い無罪」、未練たらたらでまだ言っているのか・・・
でっち上げがまかり通るなら、法秩序無視→法治国家でない→民主主義の否定。
上の記事は、非常に重要なので読んでおいた方が良いと思います。
(できればリンク先で全文)
これ面白いね↓
まんがイラスト ぼうごなつこのページ より
http://bogonatsuko.blog45.fc2.com/blog-entry-1062.html
判決前夜



判決当日
