
日米開戦70年記念――幻の名著、遂に完訳!
1941年12月8日、日本は遂に対米開戦に追い込まれる――。
大統領ルーズベルトが、非戦を唱えながら日本を対米開戦に追い込む過程を膨大な資料を元に容赦なく暴き、48年に発刊されるも直ちに「禁書」同前に扱われ、占領下日本でも翻訳されることのなかった政治・外交史の大家の幻の遺著、遂に全訳刊行!
著者は、米政治学会会長や歴史協会会長などを務めた第一人者、チャールズ・A・ビーアド元コロンビア大教授(1874~1948年)。順次解禁された米側の外交公文書や連邦議会議事録など膨大な資料を詳細に調査・分析し、1948年4月に米国内で発刊されたものの、政府側の圧力などによって激しい不買運動が起き、事実上の禁書扱いとなってしまった「幻の名著」だ。いわゆる「ルーズベルト陰謀説」が終戦直後に、米側公文書などによって裏づけられていた意味は大きい。
ルーズベルトの責任 日米戦争はなぜ始まったか(訳本)
http://www.fujiwara-shoten.co.jp/shop/index.php?main_page=product_info&products_id=1224
フーバー大統領の回想録「FREEDOM BETRAYED」(原書)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0817912347/gekkannippon-22
ダグラス・マッカーサーが1949年の時点で日本での翻訳出版を禁じたといういわくつきの本。(禁書つながり)
アメリカの鏡・日本 ヘレン ミアーズ
http://www.amazon.co.jp/アメリカの鏡・日本-新版-ヘレン-ミアーズ/dp/4046519681
[重要なポイント]
A)1951年5月3日上院軍事外交委員会において、「日本の真珠湾攻撃は正当な”自衛権”の行使」とマッカーサー元帥は証言している。
B)「経済封鎖は戦争行為」であることをパリ不戦条約作成者の一人であるケロッグ国務長官が上院軍事外交委員会で(真珠湾攻撃の13年前の12月7日)認めている。
C)「日本本土爆撃計画」が大統領に提出されたのは、真珠湾攻撃の5か月前(7月18日)、OKのサインを7月23日にしている。
蒋介石の米国人傭兵が操縦する350機の戦闘機と150機の爆撃機が大陸から日本各地に焼夷弾を投下する計画だったが、飛行機の引き渡しが遅れ真珠湾攻撃が先になった。戦争回避をめざす交渉打ち切りの通告が攻撃開始後に遅れた懈怠は糾弾されるが、最後通告を米側は傍受解読して読んでいた。1941年12月8日午後12時30分から、ルーズベルト大統領の米国議会の両院合同会議で演説して、「昨日、1941年12月7日、この永遠に汚辱(Infamy)に生きる日に、アメリカ合衆国は、日本帝国の海軍及び飛行部隊に突然、そして計画的に襲撃されました。」と、全米にラジオ放送したが、日本に対する先制爆撃計画については触れず、卑劣な騙し討ちとするリメンバー・パールハーバーの怒号のみが残った。
歴史の真実現る。陰謀説が真実であった。
この時期に出版されるとは何とタイムリーな。
これは知っておくべき事柄。
理解することが鎮魂。
中央大学客員教授 稲村公望
昨年十二月、日米開戦から七十周年を迎えた。その直前に一冊の回想録が刊行された。ジョージ・ナッシュ氏が編集したフーバー大統領の回想録『Freedom Betrayed(裏切られた自由)』だ。ここには、大東亜戦争の歴史の書き換えを迫る重大な記録が含まれている。千頁近くにも及ぶこの大著をいち早く読破し、その重要性を指摘している稲村公望氏に聞いた。http://gekkan-nippon.com/?p=2969
稲村公望が優しく吼える42 Freedom Betrayedフーバー元米大統領回想録の衝撃
http://www.youtube.com/watch?v=uevM_QyNbwM
稲村公望が優しく吼える 43 フーバー元米大統領回想録 後編
http://www.youtube.com/watch?v=I-xfXd9GP1E
稲村公望が優しく吼える007 ヤルタ・ポツダム体制の克服
http://www.youtube.com/watch?v=zkjgvZEWJ4c
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東京裁判で全被告無罪の判決を下したインドのラダビノート・パール博士が、昭和27年に日本側の招きで再来日された時の事である。羽田に降り立った博士は、待ちかまえた記者団に対し、開口一番、次のように言われた。
「この度の極東国際軍事裁判(東京裁判)の最大の犠牲は『法の真理』である。勝ったがゆえに正義で、負けたがゆえに罪悪であるというなら、もはやそこには正義も法律も真理もない。力による暴力の優劣だけがすべてを決定する社会に、信頼も平和もあろうはずはない。
今後も世界に戦争は絶えることはないであろう。しかして、そのたびに国際法は弊履のごとく破られるだろう。だが、爾今、国際軍事裁判所は開かれることなく、世界は国際的無法社会に突入する。その責任はニュルンベルグと東京で開いた連合国の国際法を無視した復讐裁判の結果であることをわれわれは忘れてはならない」
「満洲事変から大東亜戦争勃発にいたる真実の歴史を、どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。日本の子弟が歪められた罪悪感を背負って卑屈・退廃に流されてゆくのを、私は見過ごして平然たるわけにはゆかない。彼らの戦時宣伝の欺瞞を払拭せよ。誤られた歴史は書き換えられねばならない」
さらに広島の原爆慰霊碑に刻まれた「過ちは繰り返しません」という文字を見て、博士は言った。
「東京裁判で何もかも日本が悪かったとする戦時宣伝のデマゴーグがこれほどまでに日本人の魂を奪ってしまったとは思わなかった。東京裁判の影響は原子爆弾の被害より甚大だ・・・」
また、パール判決書は、次のような有名な言葉で締めくくられている。
「時が、熱狂と、偏見をやわらげた暁には、また理性が、虚偽からその仮面を剥ぎとった暁には、その時こそ、正義の女神はその秤を平衡に保ちながら過去の賞罰の多くに、その所を変えることを要求するであろう」
ゲバラも広島に来て同じようなことを言っていた。
「過ちは繰り返しません」→「(アメリカを操っている闇勢力に)勝つまでやります」に変更。
誤った歴史は書き換えねばならない。
原因はいつもヤツラですね。