今日も素敵なあなたさん💓お疲れ様です。
ブリスベンから発信してます、ハツヨです。
今日も私たちうまくすり込まれてるよっていう話。
私は書きながら自分で確認しているところもありますが、
他人に迷惑をかけてはいけない
と思っている人、この世にどんだけいるんでしょうか?
特に優しくて素晴らしい日本人は、社会全体が他人に迷惑をかけないように生きるのは当たり前なんじゃないかと思います。
でも思うんです。
ケースバイケースだとは思いますが、
他人を思うが故に、自分の大事なタイミング逃してること
実はいっぱいあるんじゃないかと。
和を大事にするが故に
自分の本心を置き去りにして、
世のため人のために、何もなかったふりをして
その場を過ごす。
他人を思う気持ちを否定しているのではありません。
自分を思う気持ちを大事にしていきたいという話です。
自分の思いを置き去りにすることで、
自分を満たすことを忘れてはいませんか。
例えば、本当は行きたくなかったけど、
行かないと周りの人に迷惑がかかるから
という理由で行く。
本当に行きたくなかったので、
断りを入れて、自分の気持ちを尊重して
行かないでいてあげる。
そしてそこにいかなかったからこそ出来る他のことをしたら、
そこで素敵な出会いがあるかもしれない。
自分でどうして行きたくないかわかっている時。
何かから逃げているのなら、行った方がいいかもしれない。
でも何かわからないけど、いかない方が良いかもしれないと思う時。
どうぞ自分の直感にしたがってあげてください。
なんとなくのその感覚って本当に大事だと思います。
人に迷惑をかけるかもしれないけど、
迷惑をかけることはそんなに悪いことなのか?
かけられた方は、それをどう捉えるかはかけられたと思うか、思わないかその人次第。
その人は、その体験から学びがあるかもしれない。
これからますます1秒先がわからない世の中になる気がします。
自分という素晴らしい存在。
その存在が持つ感覚をもっと研ぎ澄ませていきませんか?
そしてその感覚に従って、選択する勇気を持ちましょう。
人に迷惑をかけたとて、大丈夫。
人に迷惑かけたらいかん!!!
と思っているその意識(潜在意識)が、
迷惑かける現実を創る。
人に迷惑かけても、大丈夫と
他人の素晴らしさにも気付きましょう。
迷惑かけあって、人間臭く生きた方が、
実は味が出て美味しい人生送れるかもです。
因みに私は小さい頃から、父親に
人に迷惑かけたらいかん!
と言われて育ちました。
なので(って別に父を責めているわけではない)、
真面目に堅苦しい生き方をしてきたなぁと思います。
でもオーストラリアに来て、
いろんな人種の人と働いたりする中で、
人を平気で待たせる人からは、それでもなんの問題なく生きていけることを学んだし、
自分がしたいように休暇をとって、自分の時間を思いっきり楽しむ人からも、
それでもなんの問題なく生きていけると教えてもらった。
クソ真面目だった私は、患者を待たせる医者に腹が立ってしょうがなかったけど、今はそれもOK。
なんでもありになってしまった。。。
それぞれが何をどう捉えて生きるかっていうだけの話だとわかったから。
待たされる人は、その時間をどう使うか。どう反応するかもその人次第。
こちらも急いでいるなら、そう伝えたらいい。ただそれだけだと思います。
人に迷惑をかけてはいけないと決めつけている自分がいることに気付くこと。
その決めつけによって、自分を縛り付けていたことに気付くと、
ちょっと一歩下がって、自分を観察出来る気がします。
そうすると自分の行動や思考回路に余裕がもてます。
こうでなければならないという
自分が正しくある必要性があることにどんどん気づいていくこと。
大事なんじゃないかと思う。
自分の中にいっぱい、こうでなければならないというルールがある時。
そうでない現実は全て悩みの種になるのです。
人に迷惑をかけたとて、
そこからいろんな学びやお宝が出てくるかもしれない。
全ては上手いことできていると宇宙に委ねて、
軽く生きてみるのも良いかもしれません![]()