どんな時、かは忘れてしまうのだけど、定期的に思ってしまう。
私はこれからどうやって生きていけばいい?
と。
どういう意味でのそれかは分からないけど、ただ、「どうやって生きていけばいい」
という言葉しか浮かんでこない時がある。
具体的なことでは無い。どういう心持ちで、と言った方が正しいのだろう。
どうやったら傷つかずに済むか?
どういう心持ちでいれば正しい道が選択できるだろうか?
自分は何を正しいとするだろうか?
普段はそんなこと関係なしに、何となく生きている。
それで日常生活は成り立っている。
「私はどうやって生きていけばいいか」
その答えを出せないまま、苦しかったことを忘れていくから、苦しいことを繰り返す。
ただその問題はとっても難問なのだ。
よく聞く綺麗事で答えなんて出せるかもしれないけど、自分が納得していなければ、その信条は全く意味をなさないどころか、人を傷つけることにも繋がってしまう。それを間近で沢山見てきた。よく分かる。
世の中の善し悪しの基準の由来だってよく分かっている。
それを理解できていないまま、ただ、善し悪しの基準だけ知って生きていても意味は無いと思う。
負の感情で世の中を溢れさせない。端的に言えばこうだと思う。
ただ、自分の納得している正義ではなく、教えられた正義で生きていてもきっと虚しいだろう。
宗教みたいなものなのだ、善し悪しとは。元々決められているから、心の安泰に繋がる。
教えられた正義以外にも、自分を守るため、新しい正義で線引きして行かなければ、いつかきっと壊れてしまう。
今の信条はこうだ。
私たちはどういう大きさの場所で生きているかも把握出来ていない魚みたいなものだ。そして何億年も宇宙は続き、区切りも出来るのは過去だけ、未来は無限大に広がっていって、区切りが分からない。
そんななかで精神を病んで死んで行ったって、どんな苦痛を伴っていたって、いち生命の流れでしかない。
もともと死んでいるような命なのだ。
と考えると、自然と本心が出せて、いい方向に転ぶ。
後悔のない選択ができる。
要は選択することに関しては、死ぬ覚悟さえあれば、本心、自分自身の率直な考え、それが正義なのだと思う。