大山崎町歴史資料館で歴史講演会
に出席した。
天王山山頂に築かれた山崎城について京のほか、山城、摂津、河内を一望できる地理的見地から解説があった。伏見城、大坂城ができれば、山崎城が早々に廃城になったのも地政学の観点から見れば納得できる。
また、秀吉が出した手紙について紹介があった。秀吉は山崎城、聚楽第、伏見城、大坂城と次々と城を作りつつ、城の運営に侍女たちを活用していた。
秀吉=好色のイメージがあるが、一方で筆マメで、戦等で男たちが留守がちな城の維持に彼女たちを上手く利用する側面があったと思われた。戦国時代を生き抜く上で、利用できるものは全て利用しようとする姿勢が垣間見れた気がする。
おやつを1つの皿にあげると
争い
押しのけるが
耐えて
再突入
油断も隙もあったものじゃない。





