セントラル州ケープコースト市

ケープコースト

ガーナで最も有名な観光地です。


イギリス植民地時代、英領ゴールドコーストのころ、

1821年から1887年までは、ケープコーストが首都でした。





ダウンタウンには、ヨーロッパ人により建てられた古い建築物が所々に残っており、

ケープコースト


ガーナの人たちが普通に生活をしています。

ケープコースト


ケープコースト


あ、カニ かに座

ケープコースト

カニは、ケープコーストのシンボルだそうで、

原住民と移住者(他の部族や白人など)との戦いに因んだいろんな説があって

歴史上の話に基づいてるのか、伝説なのかよくわかりませんが

平和とか勝利をもたらした勇者みたいな扱いのようです。

カニにまつわる童歌まであったりします。




浜辺に行ってみましょう。

ケープコースト



今日の漁をを終えて、明日の漁のためにカヌーの上に網をきれいにまとめてますね。

ケープコースト



こっちでは、地引網の真っ最中!!

ケープコースト


この辺りの漁法は、昔から変わらず人力頼り。




普通の生活だけど、昔から一生懸命生きている力を感じます。

でも、それが普通で良いみたいな当たり前の生活。



そんな生活が、16世紀にヨーロッパからやってきた人に崩される。






昔々の大航海時代に、交易を目的として、ヨーロッパの冒険家たちが

世界を広げるために海を渡りアフリカに到着。



13世紀以降、ポルトガル、オランダ、フランス、ドイツ、デンマーク、スウェーデンから

沢山の人たちが次々に入植し、1400年代に、隣町のエルミナに城が造られたのをはじめ

海岸沿いの各地には、たくさんの砦や城などの要塞が築かれました。





このケープコースト城は、1600年代に造られたもの。

ケープコースト


当時は、上述の国々による土地の奪い合いもあり、オランダ→デンマーク→

スウェーデンの手を経て完成し、最後にイギリスの手に渡りました。

ケープコースト



海に向く大砲は、この地を狙う別のヨーロッパ国に向けたもの。。

ったく、人の地で何やってんだか。。。

ケープコースト


そして、ここからたくさんの奴隷たちが連れて行かれました。


ケープコースト


買う人がいたから、売る人がいた。


買う人がいなくなったから、売る人もいなくなった。





そして、穏やかな時が戻った浜辺

ケープコースト



時の流れは、早くも遅くもなく、当たり前に日が昇り、当たり前に日が沈む

ケープコースト




そんな当たり前の普通の生活に感謝して生きているのがガーナ人。

ケープコースト

だから、ガーナはまったりと平和なのでしょうかね。。