南アフリカの人種隔離政策”アパルトヘイト”に反対する運動に身を投じ、
1962年に逮捕され、国家反逆罪で終身刑の判決を受け
長い間、投獄されていたマンデラさん。
彼の求める「すべての人種に自由と平等を」という思想は、
差別を受ける側の黒人のみならず、
差別せざるを得なかった白人も含め、
その時代に生きる刑務所内外の多くの人々の心を射て、
1990年2月11日に釈放されました。
27年間、自由のために。。。
マンデラさんが最後に収監されていたポルスモア刑務所を背に
釈放されて、自由を勝ち取ったマンデラさんは、
拳を高く突き上げ、この道を一歩一歩踏みしめて歩き出しました。
南アフリカのアパルトヘイト制度が廃止され、
南アのすべての人種に自由をもたらしたのは、
その翌年1991年。ほんの二十数年前のことです。
アパルトヘイト廃止に向けてマンデラさんと協働で活躍したデクラーク元大統領は
ともにノーベル平和賞を受賞。
そして、全人種による選挙により大統領として選ばれた
黒人初の南ア大統領となったマンデラさんと
白人最後の南ア大統領となったデクラークさんにより
穏やかに政権が交代しました。
その頃の白人の民は、アパルトヘイト政策に反意を抱いていたものの
総人口の10%しかいない白人の民は、
アパルトヘイト廃止に真っ向から賛成する勇気はなく、
人種隔離政策により抑圧されていた黒人の民による反逆を想像し
恐怖に慄いていたのだそうです。
しかし、総人口の80%を占める黒人の民は、
「すべての人種に自由を」という思想を貫きました。
今、多くの白人の民は、その黒人の民に対し敬意を抱いているそうです。
(今回の白人のガイドさんのお話より)
南アでは、黒人も、白人も、マンデラさんの死を悼み
また、与えてくれた自由に感謝の意をこめて
多くの人々が追悼に訪れていました。
そして、南アフリカは「すべての人種に平等を」に向かい
前向きに動いています。
ホテルやレストラン、スーパーなどでは、黒人も白人も同様に働いていて、
皆とても一生懸命に、誠実にサービスを提供してくれました。
南アでは、質の良い教育が提供されていると思えました。
南アフリカは、一見すると自由と平等の証として、
白人、黒人が入り混じって生活しているように見えます。
しかし、
高級住宅地に住む白人と、
みすぼらしい黒人居住区に住み続ける黒人との格差は
長い間のアパルトヘイト政策による影響が引きずられ、
まだまだ「平等」まで辿り着けていないようです。
↑トタンで囲われた黒人居住区の簡易住居。
南アでは、貧困層の基礎生活環境改善のために、
あちこちに点在する黒人居住区の整備に力を注いでいるのが窺えました。
まだまだ問題は山積みでしょうが、南アフリカは、前向きに変動中です。
マンデラさんが亡くなった二日後に、
マンデラさんが最後に収監されていたというポルスモア刑務所を訪れました。
追悼メッセージが書かれたタイルは、記念館の壁に使われるそうです。
Long Way to Freedom
この場を管理していた南アの軍人さんにこの写真をお見せしたところ、
素敵な句をいただきました。
Even though he passed away, there is still hope.
We'll follow his shadow because we know there will be a bright future!
That is Freedom.
マンデラさんの魂は、いつまでも南アの人々の心の中に生き続ける。。と感じました。


