
暮らしの手帖第70号。発行日は昭和38年7月5日となっている。
物が不足していた昭和25年の第8号、逆に溢れかえっていた昭和48年の第2世紀第22号のおよそ中間の時代であり、個人的にバランスがとても好みの頃。編集部、特に編集長のあぶらがのっていた頃なのではないかなと思う(20年代ではまだ手探り感、40年代からは世間への嘆きのようなものが出ているように思えるのは気のせいか?)。
この見開きデザインの素晴らしさよ!

しかしこれは特集でもなんでもなく、後ろ2ページで終了するミニ企画なのだが。この号の巻頭企画は「3つのS」。スープ、サラダ、スパゲッティのレシピ特集である。
これもまた4ページ程度のミニ企画なのだけど、写真のもつ力が強い。

この時代のガラス食器の美しさがこれでもか!と出ている写真。後ろ2ページはアイスクリームの作り方なのだけど。
麦わら帽子のもだが、4ページという短い企画の半分2ページを写真にしてしまう潔さ・そしてきちんと意図が伝わるという記事構成のうまさに感心してしまう。
商品テスト(この号では扇風機)の1ページでさえ、広告のようなクオリティ。

ところで、当時は生地によって洗濯洗剤を分けることが推奨されていたのですね。まあ今でも「おしゃれ着洗い」用の洗剤なんかはあるけど、あまり強くは言われていない。

この企画では、同じものをそれぞれ違う性質の洗剤で繰り返し選択し、その結果がどうなったかを記している。…結果、大差ないのだ。だからこそ、現代では使い分けが廃れているのだとも言える。
この号で一番好きな記事はこちら。

別冊暮らしの手帖にも掲載されていたので、やっぱり多くの人が心うたれたのだと思う。何度読んでもいい記事だと思った。
- 別冊 暮しの手帖 もう一度食べたい昭和の味/株式会社 暮しの手帖社

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群馬の、とある一家のお話。某高校の漢文教師・通称「万年先生」の実家は天ぷらやさんで、奥さんが切り盛りしている。先代までは蕎麦屋だったが、急きょ継ぐことになった奥さんが蕎麦の味はさすがに出せないということで、天ぷらや、しかもいかのみ、という形で商売を続けている。
そんな万年先生の普通の一日が綴られている。
朝起きて天ぷらを揚げ、職場(学校)に行き、帰宅後は近所の子にピアノを教え、その後いかの仕込みに買い物に出かける。その後は奥さんにお店をまかせて、自分も天ぷらで一杯。寝る前にその日飲んだ料金を奥さんに「支払い」、夜はふけていく…。
と、文字にするとほんとなんでもないのだけど。写真や文章がよいので、ミニ映画でも観ているような気にさえなってくる。

ね、映画のワンシーンのようでしょう。
ちなみに万年先生の一日、忙しそうに見えるが、帰宅は15時半~16時らしい(出勤は8時半頃?)。
その他、50年前でもインドは変わっていないなかーと思ったり、
そんな号だった。
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