ハームリダクション(Harm Reduction) とは、日本語に直訳すると、「害(harm)を減らす(reduction)」という意味になります。

 

日本ではあまり馴染みがない考え方かもしれません。

 

元々は、依存症の治療の一環として使われ始めた言葉です。

 

依存症、例えばアルコール依存症で例えるなら、飲むか、まったく飲まないか。という考え方が一般的です。薬物も同じ。きっぱり絶つか。でなければ回復できない。という考え方。

 

それが出来るならもちろんそれに越したことはないです。でも、依存症は難しい病気です。意志の力でやめようとして簡単には絶てないことが多いのが現実です。では、一切薬物を断つことができない人はどうするのか?諦めるのか?

 

特に日本では、薬物依存症について「恐怖教育」がさかんです。一度でも摂取すれば、人生終わり。もう普通には戻れない。そういう教育をして、では実際摂取しまったらどうするのか、という教育が極端に少ないです。学校でも、社会でも。

 

ここカナダでは、ハームリダクションの考え方が盛んです。

 

例えば、完全にアルコールを絶てない人の為に、頻度を決めて少量のアルコールを届ける、というプログラムが存在します。完全にやめることはできないけれど、摂取する量をコントロールすることによって、オーバードースや離脱状況で倒れるとか、長い目で見て内臓への負担を少しでも減らす、など 「harm(害)」 を 「reduction(減らすこと)」 ができるのです。

 

薬物依存を例に挙げれば、カナダでは政府が支援する「薬物を安全に摂取する施設」があります。薬物を完全に絶つことができない人々が多い、だからと言ってその人達のことを完全にあきらめてしまえば、彼らはオーバードースによる死や、注射の使いまわしなどによる肝炎やHIVに感染するリスクにさらされます。

 

それを防ぐため、その施設では清潔な注射針や吸引に使う道具を提供します。ハームリダクションワーカー(サポートワーカー)の監視のもと、安全で清潔なブースで、自分が持ち込んだ薬物(コカイン、ヘロイン等。施設は薬物は提供しません。器具のみです)を使用します。オーバードースなどの危険にそなえて、医療器具が備えてあります。救急隊員が常駐している施設もあります。何かあってもすぐに対応できるので、死亡リスクは抑えられます。

 

そして、これが大事なことなのですが、サポートワーカーはそこを訪れる人達と信頼関係を結びます。今まで過酷な人生を送ってこられた方が多く、また依存症のために職や住まいを失うケースも多いため、ホームレスの人が多いです。今までの人生で、差別されてきたり、人と信頼関係が結べなかったり、助けを求めたくても一体誰にどんな助けを求めていいのかわからなかった、という人が多いです。そういう人たちがその施設を利用することによって、はじめてサポートワーカーと信頼関係を築き、様々な支援や治療のプログラムの存在を知ったりします。施設には看護師やカウンセラーも所属しており、サポートワーカーはクライアントを然るべき支援プログラムに繋ぐことができます。

 

つまり、その施設に薬物を摂取しに来ることによって、治療へのドアが開かれることが多いのです。そういう意味でもこの施設は大きな役割を果たし、カナダではこの施設が様々な観点から有益だと数字で証明されてきています。

 

日本では、そのような考え方は受け入れがたい、という意見も多いでしょう。カナダでも長年論争はありました。今でも絶対反対、という意見も多数あります。それでも、ハームリダクションのアプローチが効果的であると年々証明されてきて、認められてきている、という現状です。

 

私はこの施設でハームリダクションワーカーとして働いていたことがあります。現在のメンタルヘルスサポートワーカーとしての仕事でも、依存症をもっているクライアントが圧倒的に多く、ハームリダクションのアプローチで、日々彼らをサポートしています。