1921年(大正10年)生まれで、
人生で104回もの誕生日を迎えられた
辰子さん![]()
最期の半年間を過ごされたさとやまが
“終の棲家”となり、
先日、その生涯に幕をおろされました![]()
お見送りできたことは、
ひとえに私たちの誇りです![]()
ご家族が葬儀で配られた会葬礼状には、
こう綴られていました
グループホームさとやまでの幸せそうな様子
母の周りは「徹子の部屋」ならぬ“辰子の部屋”
様々な場面で見せる豊かな表情、
ホームでの仕事を手伝ってくれる
献身的な一面を
皆様に慕っていただいたようです
姿は見えなくなりますが、記憶の中の
“辰子の部屋”をノックすれば、
母はまた笑顔で迎えてくれるはずです
時折、母の面影を
しのんでいただけましたなら、
私達にとってこれ以上の慰めはありません
喜怒哀楽を素直に表現され、
よくお話しをされていた辰子さん
その姿のないリビングは
とても静かで寂しくなりましたが、
その分、私たちが辰子さんの“名言”と、
思い出話に花を咲かせています![]()
「櫛を持ってきて!選挙の投票に行くから」
「卵を12個買ってきて!目玉焼きを作るから」
「帯紐を持ってきて!
泣いてるねんね(人形)をおんぶするから」
頭の回転が速く、
会話のキャッチボールがあれほど巧みな
104歳に出会ったことはありません![]()
毎日、面会に来られていた息子さんが帰る時、
窓越しに手を振っていた辰子さん
息子さんに爪を切ってもらい、
うれしそうな表情をしていた辰子さん
「お世話になりありがとう」と、
何度も繰り返していた辰子さん
私達は、最後に出会えた
“もう一人の家族”と自負しています![]()
あの笑顔に会いたくなったら、これからも
“辰子の部屋”をノックしますね![]()





