で、座席から床に何度も振り落された。どうして、そんな処で降されたのか、おそらく彼が間違へて止めさせたのだらう、青白い瓦斯灯がぼツと煙つてゐる寂とした公園に彼は、立つてゐた。彼は、わけのわからぬ歌を、ブツブツと口のうちで呟きながら歩いてゐた。酔つてゐる頭が、軽くフワフワして、彼の胸には、変に暖く、賑やかな渦が、瓦斯灯の光りのやうに淡く点つてゐた。――また、家同志の話で、周子と醜い口論をした上句、カツとして飛び出したことなどは、すつかり忘れてゐた。
暗い、夜更けの公園だつた。
「何も彼も懐しい、懐しくつて堪らない、照子、F……いや、周子だつて相当懐しいぢやないか!」
彼は、そんなことを呟いだ。「親父だつて懐しいが、死んでしまつたんぢやお話にならないね。親父の印象も一日一日と遠ざかつてゆく、面白いぢやないか、お伽噺になつてくるんだもの。この冬が過ぎると、一年の喪といふものが明けるわけかな、一年、三年、七年……そんなことは、どうだつて関はないんだが、こんなにも脆く親父の印象が遠ざかつて行くかと思ふと、一寸彼に気の毒な気がするな、この分で行くと、春にでもなつたら、さぞかし俺の心は伸々として、朗らかに晴れ渡ることだらう……それにしても、今晩は、ばかに寒いな!」
彼は、襟の中に頤を埋めた。ふところにこもつた酒臭く熱い息が、あかくなつた鼻を衝いた。――彼は、歩きながら、ふところの眼鏡に、そつと手を触れた。
「F……暫く、とても手紙は書けさうもないよ、お前の要求どほりな! つまり、ヘンリーが死んだとなると、NとNの母のことが、どんなに俺の心を不安にするか、お前には好く解るだらう、さうなるとお蝶といふ女の話もお前にしなければならないんだが、そんな話をするとヘンリーに対するお前の好意が薄らぎはしなからうか? imlive
NとNの母が、どんなにヘンリーを憾むだらうか? なんて、ヘンリーの、実は忠実な悴は心配するのさ、あの頃のヘンリーの家庭、つまり俺たちの家庭が、どんな風で、何故彼が放蕩者になつたか? そのことも話さなければならないんだ、だから、どうかヘンリーを放蕩者だと思つてくれるな、お前のダツデイは、ヘンリーの親友ぢやないか、
