さて、今自分が何で生計を立てているかというと(実際生計が成り立っているかは別として)、昼はコンビニ夜は飲食という、いわゆるダブルワークなのである。

元々通常の睡眠時間が少ない自分が、時間を有効に換金出来る一つの手段、コンビニ。

コンビニをそういう取り上げ方をしたことで、必然的に夜がメインだということは、自ずと明らかになる。

ちなみに今現在、自分がダブルワークしていることは誰にも知られていない。

さながらクラーク・ケントのように、昼間眼鏡をかけ仮の姿で働く自分。

例えが古いとか、スーパーマンとは雲泥の差とか、そんな野暮なことはこの場では言いっこなしである。

夜行性だった自分が昼間表に出て、今まで未接触だった人種とレジ前という僅かな一時会話を交わす―何とも新鮮な体験である。

夜の生活にどっぷり浸かった自分の淡い彼方の記憶を思い出させてくれる、そんな時間。

ま、そう綺麗事を宣ってはみたものの、結局は生活のためなのだが…

極秘事項のため、誰にも語れぬコンビニ談義。

今後もちょいちょい語ることになると思いますのでお付き合い下さい。

…と、言ってもまだ誰も見てないんですけどね。

全てにおいて完全な人間などはいない。

「天は二物を与えず」などという言葉がある通り、優れた人間にも欠点はあるのだ。

ただ、その欠点をあら捜ししたところで、それを補って余りあるほど二物も三物も与えられてたりするから始末が悪い。

…畜生。

失礼。

そのスペックの違いをまざまざと見せつけられると、言いようのない劣等感を感じずにはいられないわけで。

そんな劣等感を払拭する一つの安易でネガティブな方法―

下を見る。

自分より下と見受けられる人間を捕まえて、かりそめの優越感を得る。

道行くホームレスを指差して、ああなっちまったら終わりだななんて呟いてみたりして。

だが待て。

はたしてそこに大きな差はあるのだろうか。

例えば自分。

収入はあるものの支出もでかく、トータル収支マイナスぎりぎりで、借金にも追われている今の生活がはたして上であると言い切れるだろうか。

周りに気前よく奢っている自分が、見えないところでは、かけうどん小をはなまる定期券を使って無料で食べていたりする。

表裏一体、紙一重。

明日空き缶を拾っているのは自分かもしれない。

虚栄心に振り回されながら生きるということは、常に様々な危険を孕んでいる。

この生活から抜け出す術などはたしてあるのだろうか。

自ら出した糸に絡まってガンジガラメになり、やがて身動きが完全に取れなくなり死んでしまった蜘蛛の如く。

嗚呼、抜けられるものなら早くこの生活から抜け出してい…

と、いうわけでブログを始めたわけである。

初めて当ブログにお越しの方には何のことやらさっぱりわからないだろうし、第一誰にも告知してないこのブログに人が訪れわけもなく、しばらくは本意気での独り言になるであろうことは容易に想像出来る。

それでもブログというツールを利用するのは、今自分の中に、何処かに吐き出さなければいけない膿がパンパンに溜まっているからである。

人が誰しも持っている「ええかっこしぃ」な部分。

ノーメイクのガチンコセメントスタイルで他人に臨む人間のいかに少ないことか。

まぁ、全てに対して本音で向かい合って人間関係がうまくいくかというと、えてしてそううまくはいかないわけではあるが。

そういう他人には見せない部分、綺麗事では済まされない部分をここでは晒していこうと思っているわけである。

エンターテイメント性無視。

自己満足。

自分の恥を晒して自己満足とはこれ如何に。

数々の疑問を残しながら、そんなこんなで第二章(何の?)、スタートである。