昨日は、時計仕掛けのオレンジのスタンリーキューブリックが監督したベトナム戦争を題材にした映画、フルメタルジャケットを
見ました。ポストベトナム戦争のベトナムシンドロームが何故起きたのか?このまったく意味ない他国の戦争にアメリカの青年達が
どのように送られ、どのように死んだのか?また、ベトナムシンドロームと言う、この長きにわたる戦争後の喪失感。自国に帰ってから
平和な社会に適応できなくなる要員がかなりの毒を吐きながら描かれていたと思います。
日本はホント平和です。しかし、唯一の被爆国です。この平和ボケした我々もやはり未来の子供達に戦争の悲惨さを伝えねばと思いますね~。
ウチの家も今年の夏は長崎へいき、子供達を原爆史料館につれていきました。
下の子は、今でも戦争と言う言葉を聞くと、長崎でみた被爆した人々の写真を思い出しています。
人を妬んだり、イジメをしたり。凄く些細な事も小さな戦争じゃないのかな?
みんなが許してあげる強さを持って欲しいです。
ベトナム戦争で思い出しましたが、レイジアゲインストザマシーンの1STアルバムのジャケットにベトナムで宗教弾圧を受けた僧侶が
自らに火をつけ講義した写真を思い出しました。こんな写真をジャケットにした彼ら。
今でこそデカイバンドになりましたが、当時は衝撃がはしりました。
VoのザックはハードコアバンドINSIDE OUTのボーカルでその怒りに満ち溢れた歌詞と曲はまさにポリティカル!
僕は10数年前、1997年かな?フジロックフェスティバルが始めて開かれた年にレイジを見にいきました。
日本の音楽ファンが待ちに待った来日。それも日本初の屋外フェス。しかも台風直撃!
その究極の状況の中、泥まみれの日本人がレイジでいっせいに飛んだ!
えらい事に、2万人くらいがいっせいに飛び跳ねたら、地球って揺れるんです 怖
あの衝撃は今でも忘れません。
なつかしーなー
またレイジみてー
レイジアゲインストザマシーン
レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン (Rage Against the Machine、英語圏ではRATM、日本ではレイジと省略される場合が多い) は、1990年にアメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルスで結成されたロックバンド。1990年代の新興音楽ジャンルのひとつであったミクスチャー・ロックの先駆的バンドの一つ。ギタリストのトム・モレロはレイジの音楽を「レッド・ツェッペリン・ミーツ・パブリック・エナミー」と評している。
メンバーは思想的にマルコムX、チェ・ゲバラ、マーチン・ルーサー・キング・ジュニアなどから強い影響を受けていることから、歌詞の多くは急進的左翼思想に裏付けられた政治メッセージが表されており、またムミア・アブ・ジャマールの釈放を求めるなどの政治活動も積極的に行っていた。
2000年にボーカルのザックが突然の脱退表明し、それを契機にバンドは解散。ザック以外のメンバーは元サウンドガーデンのクリス・コーネルをボーカルとして迎えオーディオスレイヴというバンドで活動し、3枚のアルバムを発表したが、2007年1月23日にコーチェラ(Coachella Valley Music Festival)にてレイジの再結成ライブを行うと発表し、その3週間後にクリスは脱退しオーディオスレイヴは解散、その後、レイジはワールドツアーを展開している。
なお、『バトル・オブ・ロサンゼルス』に収録されている「ゲリラ・ラジオ」は総合格闘技PRIDEの主題歌になった。
『レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン』に収録されている「ウェイク・アップ」は映画『マトリックス』のエンディング・テーマになった。背景にはこの曲を聴きながらマトリックスの脚本のほとんどを書き上げたというウォシャウスキー兄弟の思い入れがあったという。
目次
1 メンバー
ザック・デ・ラ・ロッチャ (Zack de la Rocha, 1970年1月12日 - ) (Vo)
政治色の強いチカーノ壁画家である父と、反戦活動家である母の間に生まれる。RATM以前はハードコア・パンク・バンド「インサイド・アウト」のボーカルをつとめていた。
RATM解散後も音楽活動は続けていた。毎年ソロ・アルバムの発売の噂が流れるものの、現在のところ発表には至っていない。
2008年7月、元マーズ・ヴォルタのドラマー、ジョン・セオドアとのプロジェクト「ワン・デイ・アズ・ア・ライオン」(One Day As A Lion)を突如発表、ミニアルバムをリリース。
トム・モレロ (Tom Morello, 1964年5月30日 - ) (G)
ケニアの民族過激派マウマウ団の一員で後にケニア初の国連代表となる父と、公民権運動や検閲反対運動に関わってきた活動家である母の間に生まれる。ハーバード大学で政治学を専攻し、首席で卒業。議員秘書を務めていたこともあるが、リベラルな思想が災いし解雇され、本格的に音楽活動を始めることになる。
ユニークなエフェクターの使用法やスクラッチ奏法など、独創的なギタープレイで高い評価を得ている。
2007年にナイトウォッチマン名義でソロアルバム「ワン・マン・レヴォリューション」を発表した。
ハイスクール時代にトゥールのアダム・ジョーンズとElectoric Sheepというバンドを組んでいた。
ティム・コマーフォード (Tim Commerford, 1968年2月26日 - ) (B)
Tim.C、Tim Bobなど作品毎にクレジットが異なる。
ブラッド・ウィルク (Brad Wilk, 1968年9月5日 - ) (Dr)
パール・ジャムのエディ・ヴェダーとかつてバンドを組んでいたことがある。
[編集] バンドの特徴
彼らのライブステージにはよく、後ろにチェ・ゲバラの肖像画がかかり、アンプの前などにアメリカ国旗が逆さまに吊るされていた。 9.11テロ後、すぐにラジオ局においてバンドの全楽曲の放送自粛がなされた。これはこのバンドの反体制派への影響力の強さを物語っている。
[編集] ディスコグラフィー
レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン - Rage Against The Machine (1992)
イーヴィル・エンパイア - Evil Empire (1996)
ライヴ&レア - Live & Rare (1997)
初来日時にリリースされた来日記念盤。翌年にアメリカでもリリースされた。企画盤ということもあり完成度は高いとは言えず、ファンの間でもほとんど話題にならない。
バトル・オブ・ロサンゼルス - The Battle of Los Angeles (1999)
アルバム収録曲「スリープ・ナウ・イン・ザ・ファイアー - Sleep Now In The Fire - 」のPV撮影をマイケル・ムーアによりニューヨーク証券取引所前にてゲリラ的に敢行。ニューヨーク市警察にムーアと共に逮捕される。(連行される様子は当該PVに収められている)
レネゲイズ - Renegades (2000)
一応カバー集という体裁にはなっているが、12曲中9曲はほとんど原型を留めておらず、歌詞だけを借りた新曲であり、実質上4thアルバムである。ストゥージズ、MC5、マイナー・スレット、ローリング・ストーンズ、ボブ・ディラン、ブルース・スプリングスティーン、ディーヴォ、サイプレス・ヒル、エリックB&ラキム、アフリカ・バンバータなどが取り上げられており、またレイジ初のバラード「Beautiful World」が収録されている。今作からプロデューサーはリック・ルービンになり、オーディオスレイヴの2ndまでプロデュースを担当することになる。
ライヴ・アット・グランド・オリンピック・オーディトリアム - Live at the Grand Olympic Auditorium (2003)
ザック脱退前の最後の2日間のライブを収めたライブ盤。2日目の模様はDVD化され、彼らの異様にテンションの高いステージパフォーマンスと観客の熱狂を確認できる。特典映像では2000年民主党党大会会場外でのフリーライヴ中に機動隊が突入し暴動に発展し中止になる姿や、彼らのライブ映像ベストのような「How I Could Just Kill A Man」のPVなどが収められ、非常に完成度が高いDVDである。
[編集] 日本公演
1997年 フジ・ロック・フェスティバル'97
7月25日 富士天神山スキー場
1999年 フジ・ロック・フェスティバル'99
7月30日 苗場スキー場
2000年
6月24日,25日 幕張メッセ国際展示場、27日 マリンメッセ福岡、28日 大阪城ホール
2008年
2月7日 大阪城ホール、2月9日,10日 幕張メッセ