彼と出会ってからは
日常起こることが非現実的すぎて
ぶっ飛びすぎていた。
離れてからは
非現実的な猛烈な苦しみが続いて
当たり前の日常が
月に行くくらい困難なものになってしまっていた。
いま、当たり前の日常が
とてもしあわせに感じられ
目の前のやりとりにとても愛をかんじる
すごい自分にならなくても
無理に波動をあげなくても
まだ自由に遊び歩けなくても
地上のからだに光がぴたっとかさなる。
日々死ぬことしか考えられなくて
顔は蝋人形みたいにかたまって動かなくなっていた。
2年ほどつづいた。
もう春はこないと思ったけれど
今からだがもぞもぞと熱を発し
春の生命の息吹を確かにかんじる。
わたしの古くなった構造は
現実精神の崩壊とともに崩れ去ったのだとおもうけど
新しい命の新芽は
まだ絡み付く古い生き方の記憶を
やさしくほどきながら
新しく伸びていっているようにかんじます🌱
変容は派手な儀式のなかではなく
うっかり通りすぎてしまうような
道端の土のしたのような
一見とても地味な日々のなか
おこっているのだとおもいます。
崩壊はあまりにも派手だったけれど
再生はとてもゆっくりで
とても繊細で地味で根気がいります😅
けれどそれも春をむかえる前の必要な季節で、無駄ではなかったのだとかんじます。
力強い春の命におまかせして
わたしは呼吸でそっとよりそっています
命のうごきをクリアにかんじて
干渉しすぎないように。
使命というより目的というより
ただ今に存在していることがしあわせ。