なぜだろうね
自分を貶すことばを吐くのは。
謙遜って、必要なのだろうか
松田サリー先生は「自分を愛すること」をつねにおっしゃる。
「自己愛」ね。
わたしは、自己愛というものがわからなかった。
だってさ
「謙遜こそ美しい」
って教わってきたから。
例えば、かわいいね、って言われたとする。
「いえいえ、わたしなんて…」って言うと、奥ゆかしい。
「ありがとう❗️」って言うと自意識過剰とか、自惚れてるとか言われちゃうんだよね
松田サリー先生からBPMを学ぶ前は、断然謙遜派でしたわ。
褒められても「いやいや、わたしなんて…」って言ってたわ。
BPMで本質を学ぶまではね。
松田サリー先生が教えてくださるBPMは「人間の本質」の学び。
わたしたちが当たり前のようにやっている言動が、いかに本質からズレているのかを、わかりやすくお話しくださるのだ

医学、心理学、脳科学、量子物理学。
さまざまな角度から、わたしたちへの影響を教えてくださる。
BPMを知り、いかに自分を愛することが大切かを知った。
そして、謙遜というものの恐ろしさを知ったよね

日本は年齢を重ねるほど幸福度が下がっていく国なのだそうだ。
周りを見ていて、毎日幸せでたまらない
なんて言ってる人が皆無というくらいいなかった
暗い顔をして、ため息をつき仕事に向かう。
そんな大人を見ていて、子どもは大人になりたいと思うのだろうか
色のついた、華やかなゲームの世界に逃げ込みたくなる気持ちがわかる。
大人になんかなりたくない
そう思っちゃっているのかな。
自分の気持ちを大切にせず、周りに気を使い、自分を貶すことばを発する。
謙遜とは、へりくだること。
へりくだるとは、相手を敬い自分を控えめにすること、卑下すること。
これ、いるのかな
相手がどう思うかは相手の問題で、自分がコントロールできることではないよね
自分でどうもできないことに意識を向け、自分を貶すなんてどうかしてるよね。
わたしは、松田サリー先生からこのことを教えていただき、思わず笑っちゃったんだ。
無駄か
謙遜という無駄にずっと時間を使って、大切な自分を不快にさせていたんだね。
BPMを知ると自分にも、周りにも優しい考え方になる。
BPMが世界のスタンダードになったら、どれだけ幸せか

ひとりでも多くの人がBPMによって救われますように
