BPMを学ぶようになり
日常が変化して喜んでいた

でもね、
BPMの凄さをわかったつもりになっていたんだ。
BPMを学んで日常が変わるなんて当たり前。
なぜ、まだわたしが成功していないか
それは
「自分の概念」にBPMを当てはめるという馬鹿なことをしているから。
過去の自分に当てはめては、
合ってる
だの、
なるほど〜
など
アホかという話
BPMの創始者の松田サリー先生や
BPMで成功されている幹部の皆さまから見たら
わたしのことなんかお見通しなのだ。
BPMを知ったら、人生が劇的に進化するもの。
素晴らしいものなのに、部分でしか変わっていないって、BPMをわかっていないということ。
BPMをかじってわかったふりをして、
過去の自分を振りかざす。
どうでもいいわな。
わたしの過去なんて。
過去に意識を向けている時点でBPMを使っていないし
出来事に⭕️❌をつけているなんてもってのほか。
現実が変わっていないと思うということは、
BPMに対する尊敬がない。
疑ってかかっているということだ。
わたしは何を見ているんだろうね笑
どうでもいいことに振り回されて
松田サリー先生という方を、
BPMを
知る努力をしていなかった。
思考はすぐに元に戻る。
長年生きてきた労働者思考に。
だからこそ、常にBPMを意識するのが大切なのだ。
聞いて満足、知って納得じゃない。
自分の創痍に当てることでも
過去を語ることでも
過去を反省することでも
後悔することでもない。
そんなのはどうでもいいこと。
「今」この瞬間、
松田サリー先生の言葉と
BPMの学びを
自分の思考とすることだ。
BPMで思考することの大切さ。
すべてをクリアにしてBPMを知ろう。
自分の思考が変わった瞬間から人生が変わる
それが松田サリー先生からの学びであり、BPMなのだ



