今日は美容院に行きました。

そこのお店に行くのはもう4年位前から行っていて、

美容師さんともすごく仲がいいんですが、

ちょっといろいろあって、4か月くらいずっと行ってなくて、

その間、違うお店に行ったりもしたんですが、

まぁまた行こうかなって。

前髪が長すぎて、苦しかったんでww、切ってよかったです。


そんな美容院で思ったことなんですが・・・

私は、「世界観」って言葉をすごくよく使う人間で、

歌詞とか、洋服とか、雑貨について、「世界観」が好きとかきれいとかいう認識をすることが多くて、

なんかそういうとこ、独特だよなぁって思います。

このブログでも、よく「世界観」がどうとかこうとか、って書くなぁって思うし。


だいたい、その「世界観」ってなんだよ?って自分でも思ったりww

「歌詞の世界観がきれい」っていう分類が、

私の中にはあって、なんか直感でそう思う歌詞っていうのがあるんですが、

なかなか言葉で具体化できない感覚です。

ただ、おそらく、歌詞の世界観がきれい、って初めて思った音楽は、

hideのMISERYであることは確かです。

今でもあの歌詞の世界観はきれいだと思う。

よく読めば読むほど、何がどうきれいって全く説明できないんですが、

単なる「好き」とは違う、私の中で「きれい」って思うものを感じます。


雑貨とか洋服もそういうのがあるんですよね。

いわゆる「可愛い」とは違う、私の中で「世界観が可愛い」っていうものがあって、

そういうものほど、長く飽きずに使えてる気がします。

が、そのときの「世界観」っていうのも具体的に言葉で言えない。


そういう抽象的な「世界観」というもので、身の回りの対象を把握するのは、

私の変わってるところかなって思うし、

そもそも人間、「世界観」って言葉をそうそう多用しないだろって思うんですが・・・

今日、美容師さんに言われたんですよね、

「独特の世界観を持ってる人間だね」って。


ちょうど、そのとき、私がいかに原宿が好きかという話をしていて、

私は、震災後のあの「何を言ってよくて、何を言ってはいけないか」が

何か見えないところで空気読んで決まっていく雰囲気が危険だと思っていたときに、

閉塞感から逃れるように原宿に遊びに行って、

原宿はそういう空気じゃないものに基づいて、それぞれがそれぞれの「震災後」を生きている、

その感じにすごく希望を感じたから、原宿を見直したんだ、

っていうようなことをしゃべっていました。


まぁ自分でも、そういうことをいちいち考える人間って相当独特なんだろうと思ってますが、

それを「世界観」っていう言葉で表現する人を見て、

この人も相当独特だよなぁって思いました。

もっとも、辞書によれば、世界観って、

「世界の観方」みたいな定義らしいので、

単純に「考え方」みたいなことを指すときに「世界観」って言う人もいるのかもしれませんが、

私は、「世界観」という観念で、

なんとなくふわっとした抽象的なものをとらえる傾向があるので、

その美容師さんの発言についても、

人間そのものを「世界観」としてとらえるって新しいなぁって思いました。


しかも、そのあとに「その独特の世界観の中で幸せになっていく」って言われて、

「世界観」って結局、そういうものなんだろうなぁって思いました。

hideの歌詞にしても、私が「世界観がきれい」って思うブランドにしても、

結局、それを表現する人が一番幸せと思える世界が描かれているのかもしれないなって。


だから、いろいろな「世界観」を持った人やもの、作品に触れることは、

さまざまな「幸せ」のあり方を考えることなのかもしれません。


そう考えると、私のこのブログは、言葉の使い方について、

自分としては、「世界観がきれい」とあまり思えない書き方をしているので、

偶然にも読んでしまっている人には、結構申し訳ないですねww

もっと、ちゃんと言葉を使おう!と思います。


そんなことを考えた日でした。

ちなみに、世界観って、英単語にするとworld viewでドイツ語にするとweltanschauungだそうです。

要は、これらの国には、私的な意味での「世界観」って感覚がないってことです。

言葉が感覚の幅を規定する側面って、絶対あると思うから、

「世界観」っていう言葉を持つ言語を母語に持って幸せだなぁと思います。


こういうとこ、まさに「独特の世界観の中で幸せになる」人間なんでしょうね・・・


おしまい。

「かな」とか付けて、俳句風にしてみた、わけではないですよww

なんとなく、「読書の秋」も悪くないなって思ったというだけ・・・


私、高校生まで、すっごくよく小説を読んで、ホント、小説家になりたかったんです。

なんか、いろんなことを文章にするのが好きで、

一行目を書いたら、最後の文章が自然と「見えて」、

さーーっと、作文とか書いちゃう、みたいな中学生でした。

が、高校1年の夏休みの読書感想文を書こうとしたら、

突如、一行目を書いていても、最後の一行が見えなくなって・・・

あーもう、無理、才能ないわ。

って思って、やめちゃいました。


ただ、その一件があったからこそ、才能っていうのは努力せずに何かが人よりできることじゃなくて、

何かができるために人より努力できることを言うんだ、って考えるようになりました。

私には、そういう意味での才能が小説家という仕事にはなかったし、

だからこそ、小説家にならなくてよかった人間なんだろうと思っています。

それに、修論書きながら思ったんですよね。

書いてるのが、論文だから耐えられるんであって、小説だったら耐えられない、こんな仕事、って。


ただ、今でも文章書くことは好きだし、キャッチコピーにしても歌詞にしても、あるいは判決文にしても、言葉に目を留めるっていう感覚が、すごく独特な人間だと思っています。

私は別に、研究者向きの性格かわからないし、努力せずにできる的な意味での「才能」もないと思ってますが、

少なくとも、文章を書くことが苦にならないという点では、ものすごく得してると思っています。

やっぱ、文章を書くのが嫌いな人は論文書くのもしんどいみたいですし、

正直、文章が下手な研究者はたくさんいるし、そういう人の論文は周囲から読みづらいって言われちゃうので・・・


そんな私が、今日読んだのは、

『桐島、部活辞めるってよ』

作者の朝井さんは1989年生まれということで、今の大学3,4年生と同じ世代です。

前々からタイトルは知っていたし、作者が若いってことも知っていたんですが、

そもそも、私、大学生になってからほとんど小説読まなくなって、

おそらく、今年読んだ小説もこれが最初じゃないかって感じです。

なんか、日々、読まなきゃならないものが多すぎて、小説まで読もうと思わないんですよねww


で、なんで、この小説を手に取ったかというと、

ずばり、「いまどきの大学生を理解するため」。。

いや、私はなんとなく、今の子ってこういうノリだよねー、みたいのを感じてるし、

それは今の大学生とか関係なく、ある程度、私たちの世代にも共通する点があると思ってるんですが・・・

私が今、アシスタント的に行ってる大学生のゼミの子たちのノリが、

私の指導教官でもある、そのゼミの先生には理解できないらしく、

言葉を尽くして説明しても、よくわかってくれないので、小説を読めば理解してくれるかな・・・と。

で、まぁ、そのための査読というわけですww


と、えらそうなこと書いてますが、読んで、率直にいい話だなって思いました、ホント。

いまどきの若者の残酷なヒエラルキー感を、怖いくらいリアルに描き出してて、

そういう感覚の中で高校・大学生活を送った身としては、すごく息苦しくなったところもあったんですが、

最後の最後に救いがあって、助かりました。

それから、この作者は「ひかり」という言葉をひらがなで表記しているのが印象的で、

音とか風とかについて「やわらかい」という形容をよくしていたのですが、

「ひかり」というひらがなの表記が、

いまどきの若者の持つ冷たさと、それに対して10代だからこそ抱くささくれたイライラ感を、

それこそ「やわらかく」包み込んでいて、

物語全体をまろやかにしている感じがして、それも「救い」感を強めてるのかなと思います。


もっとも、私の師匠を悩ませるゼミの方は、

この小説で描かれている世界から、「10代」感を引いたところに、

学歴しかない人たちのエリート意識と、「ロー・官僚>民間>>その他」という進路によるヒエラルキー感を注入した、

最悪な世界だし、師匠が気づいてないだけで、私の時代からそういう世界だったので、

最後の「救い」まで参考にすることができないところが、悲しいんですが・・・

なんとかなるといいなぁと思っています。


そう、私、マイペースに音楽語ってるだけの人に見えて、いろいろ大変なんですよ、

そういうことまで考えなきゃいけなくてww

休日だからって、研究のことや、大学のことを忘れられないんですよねww

そのうえ、週末や祝日の半分は研究会でつぶれます。

だから、研究者なのに、小説いっぱい読む人って、ホント尊敬します。


が、やっぱ、小説読むのって楽しいなってつくづく思いました。

あの、無意識に、小説の文体で自分の周りのすべてを描写してる感覚を久々に味わいました。

TAKUROさんの歌詞にもhideの歌詞にもできないのに、

小説家の言葉が持っている、不思議な力だなって思います。

まぁ、それがあるから、論文が抒情的になりそうな気がして、余計に小説読めない、というのもあるんですがww

でも、小説読みながらも、論文は論文の言葉づかいで書ける人もたくさんいるし、

また、小説いろいろ読んでみようかな。。


おしまい。

今、すっごくやってみたいことがあって・・・

それは、ずばり・・・

俳句。


おじさんっぽいですかね??

でも、五七五という限られた枠の中で印象的な言葉で世界を切り取るってかっこいいなって思います。

私は、ブログにしても、普通に人と話すときにしても、

すごく冗長で説明的な言葉づかいをしてしまうことが多いので、

17音で何かを表現できる人はすごいなぁと思うし、

自分もやってみたいなぁって思います。


あと、ちょっと前の新聞で、高校生の俳句大会?みたいのの記事があって、

そこで紹介されていた、出場者の高校生の俳句に妙にひきつけられるものがあった、というのも、

俳句に興味を持ったきっかけです。

その俳句というのは、岩手の高校生が作ったものだそうで、

夏の雲を詠んだもので、冷静に考えれば、具体的な風景を描写したものではない気もするんですが、

きっと、その人にとって、今しか感じられない気持ちを、今しか詠めない言葉で表したんだろうな、

という印象を強く受けて、心に残りました。


なので、私も俳句に挑戦してみたいのですが、

俳句ってどうやって始めたらいいんですかねww

1人で勝手に五七五作ればいいのかな?

練習とか上達とかってあるのかなとか、

気が向いたときにやればいいのか、毎日練習?した方がいいのかとか、

いろいろわかんないことが多くて困ります。

まぁよくわかんないけどやってみます。


そんな今日、よく聴いたら、すごくいろいろ考えちゃった曲が、

hideのJunk Story。

あの人、絶対に、自分に起きることを自分でも気づかないところで分かっていたから、

あんな歌詞を書けたんじゃないかなって思います。

歌詞全体の世界観もそうだけど、どこかしら、いろいろな曲の総集編っていうか、

いろいろな曲の歌詞を思わせる印象的なフレーズが散りばめられていて・・・

でも、最後の最後、

「あの日の物語 明日の歌につなげようか」。

「明日の歌」聴きたかったなって思っちゃいます・・・

それにしても、なんで今までこの曲のこと、聞き流してたのかな・・・

そして、今日、なんでふと手を止めてよく聴いてみたのかな・・・

よくわかんないな。


まぁいいか。

とりあえずそんなことを考えた日でした。


おしまい。