どうも今年はサイバラと縁があるようでしたな。
去年末に「パーマネントのばら」で久々にKOされ、
3月頃に鴨ちゃんが亡くなったと聞き、
最期どうしたか気になっていたら、
「毎日かあさん」でその顛末を知り、
「いけちゃんとぼく」まで新刊で買う始末。
友人が語っていたのは、
つくづく「物書き」としての業をしょっている女だなと。
きっと鴨ちゃんはサイバラに会うために生まれてきたんだろう。
というのが記憶に残っている次第。
別に無理して描かなくてもいいことなのに、
けれど描かなければきっとサイバラではなくて、
鴨ちゃんとの別れを描く為に彼女は生まれてきたのかもしれない。
それは遠く険しく長くて辛い道のりだったかもしれないけれど、
それに見合う結末は用意されていたのが安心した。
年末に読んだ水木御大の話で、
この世で報われなかった人は、あの世で報われることでつりあいが保たれる
という結末に納得もした。
この世の地獄はあの世で極楽
この世の栄華はあの世で煉獄 ということか。
どっかの先生が、「世界の分子総量は決まっている」
と話していたのにも合点した。
約1年で体中の分子は総入れ替えしていて、
入れ替わった分子は以前違う何かだったかもしれないと。
今の私の体には、今はもういない人の分子が混じっているかもしれない。
私の分子だったものは、いつか誰かの体を構成するかもしれない。
それは恐れることのない、とても穏やかな、緩やかな状態。
分子の輪廻の輪から外れた物質は、他の何かに変わることもできず
人の体に残留したり、堆積されつづけ
その分子への妬み嫉みが、人体や地球に悪影響を与えるのだろうか。
ふとSFでロボット社会になって、人類が排斥される設定を思い出した。
たぶんこれは理にかなっているのだろうなとも。
総分子量が限られているのならば、
輪廻しないものたちが増えれば増えるほど、輪廻するものたちは少なくなる。
そしてその攻防はこれからも続けられるのだろう。
2007年は気づきの連続で
それは苦しくもあり、自分が選んだ道でもあるのだけれど、
まあ、一生気付かないよりいいんじゃないかと。
世界は考えさせないように出来上がっていて、
ちょっと考えればわかりそうなことも隠蔽されている。
そんな世界に騙されず
騙し返せと小悪魔が囁く年の暮。
来年も笑い多き年でありますように。




