スーパースターが死んでから早3週間。
黒人初の世界を熱狂の渦に巻き込んだ黒人の夢・・・マイケル・ジャクソン。
いうなれば、マイケルがスーパースターになってからというもの、黒人に目を向けられるようになったのでは?
と思うぐらい、タイミングが良かったのであろう。彼の功績に後押ししてスポーツや音楽、文化、そしてついに
大統領までアングロ・サクソンを退いたのだ。
ジョン・レノンやボブ・マーリーのような音楽が世界(政治)を変える!といった、いささか堅苦しいムードではなく、
華やかなスポットライトに切れのあるダンス、「ビリー・ジーン」のベースラインのクールでジャズやR&Bの要素
をたっぷり含んだブラック・ミュージックの申し子だった。最高にクールだ!
http://www.youtube.com/watch?v=UlVIzCQfVfI
アメリカという国もマイケルに非常に冷たかった・・・
ロンドン講演を最後にするつもりだったのだから、アメリカに愛想をつかしていたのだろうか。
ジャマイカでは、知らない人も多いが、「ビリー・ジーン」が発売されたその日から現在に至るまで、1日も欠かさず
ダンスホールではDJプレイされている。
それは一重にマイケルへの憧れとあのベースラインのクールさがたまらないのであろう。
死因について、ブログのタイトルどおり、勘繰るか・・・
①ドクターとレコード会社の陰謀
⇒未発表曲をこのタイミングでマイケルに死んでもらうことで、人々に強烈な心象を残し、新曲への付加価値を
高めるため。
②・・・・・
③・・・・・
もう、やめよう
ぶっちゃけ、中学生の時にあの「スリラー」というアルバムを手にしたわけだが、正直2年間ぐらい毎日聞いていた
尾崎豊やBOOWYというビッグな日本人も仲間うちでは人気だったが、正直中学生の時は、マイケル・ジャクソンとプリンスの対決のほうが興味があって海の向こうな感じ、そしてブラックミュージックのグルーヴィーな腰マワリがなんともたまらなくやめられなかった。現在でも、70年代レゲエやファンク、ソウルのコレクターになったのは、
そんな青春期に飛んでもないスターが現れたという影響だ。
さよなら、マイケル・ジャクソン。ジャイケル・マクソンとか言って笑っていた中学生時代を彷彿させるあの名曲
「We Are The World」をhttp://www.youtube.com/watch?v=WmxT21uFRwM


