あくまでこれは確率的な話。




悪夢は木曜日に来る。



















私は人間の屑だ。
誰も私を必要としないし、誰も私を求めない。
私には生きている価値がない。


そんな事を言っている人を見掛けました。



余談ですが、この手の悲談を語る人ってのは、大概注目を集めることが目的です。

「可哀想な私を見て!」ってのが本音です。



さて、がっかり系の雑学はさて置き、その人の言っていることは果たしてどうなのか?

というのが今日の話。



正直そんな見ず知らずの残念な人の価値なんかどうでもいいのです。


いや、別にその人に限らなくても他人の価値なんかどうだっていのです。


人間はみんな自分勝手なエゴイスト。
いつだって自分のことしか考えていないし、自分が得をすることしか考えません。


ですから人間にとって他人の価値とは「自分にどれだけ利益をもたらすか?」に尽きます。




あまりにドライな真実ですが、なにも利益とは物理的なものに限ったことではありません。

一緒にいて楽しければ、それも立派な利益。


そういうハートフルな考え方もできます。




故に、友達とか、家族とか、チームとか、その手のコミュニティーというのは利害関係の一致の上に成り立つ他人同士の集合なのです。






と、ここまでは他人の価値の話。

他人にとっての自分の価値というのもこれに準じたものです。


では、自分にとっての自分の価値とは如何に?

これは完全に自己満足の世界です。


自分の求める自画像と実際の実像の差が如何に小さいかの話です。

「こうありたい」とか「こうあるべきだ」という目標にどれだけ自分が近づけているか?
というテーゼです。



故に自分の価値を否定するという行為は、自分の努力不足を自ら吐露するも同じなのです。


ですから冒頭の方は残念極まる方だと言わざるをえないのです。





貴方は貴方の価値を理解してますか?



good night and have a nice dream!