久しぶりだねハイド君























私は基本的には文系です。

文系の人は物事を考えるときに、すでにある理屈や理念、情報や知識をもとに考えます。
私の場合は主に記憶と知識に基づく思考をしています。

つまり全く知らない事象の結果は想像できません。


しかし、こと数学においては理系の考え方をしています。

一般に数学は公式を覚えてなんぼの学問だと思われていますが、そんなことはありません。

公式とは「そこまでは証明されているので省いても構いませんよ」という類のもの。
私は近道だと思っています。

覚えられなければ、それさえ自分で考えて証明しちゃえばいいのです。

公式を覚えているのならその作業をスキップできるというだけのこと。



ぶっちゃけ私は数学の公式というのは「三平方の定理」くらいしか覚えていません。

あとは毎回証明を考えています。

故に私の証明は果てしなく長いのです。



これは極めて理系的な考え方です。

そして私はこれを意図的にやっています。


その気になれば公式なんていくらでも覚えられます。
でもそれではつまらないのです。

例えるなら公式を使った証明というのはつみきを使って家をつくるようなもの。
私はそのつみきも自分でつくりたいのです。



文系的な考え方と理系的な考え方を使い分ける。

なんて話をすると知人からは「よくそんな器用なことができるね」と言われます。
確かに思考パターンを変更するというのはなかなか器用なのかもしれません。
場合に応じて癖や性格を切り替えるようなもの。

…いや、それ以上に難しいのか。


でも、私に言わせれば「自分の中の出来事なんだからできて当たり前」なんです。

その気になれば感情だってコントロールできて然りなのです。

怒りたいときに怒って、悲しみたいときに悲しんで、喜びたいときに喜べる。

感情も思考パターンも癖もコントロールできる。

無意識すら支配下に置くというのは難しいことではないはずです。
ただ誰もやろうとしないだけなのです。






どうも最近、私の預かり知らぬ感情があるように思うのですがね…


good night and have a nice dream!