「人は、人として生きている以上不自由なんだ。
人としてしてはいけないこと、人としてしなくてはいけないこと。
死んではじめてそれらの鎖から解放されて自由を手にする。
だから僕は死ぬことを怖いと思ったことはないんだ。」
そう言っていた友人が亡くなりました。
10日午前のことです。
彼の言わんとしていることはわかります。
人間が人間であるかぎり本当の意味での「自由」はありません。
これは王でも奴隷でも全ての人間において同じです。
生きているかぎりは生の不自由さに苦しみ続けます。
そして彼らに平等に与えられた、唯一の自由が「死」です。
死んではじめて我々は自由を得られるのです。
しかし、「不自由の中にこそ自由がある。」とするのが私の思想です。
彼に言わせれば私の自由など仮初めにすぎないのでしょう。
それでも、中にいる私が自由を感じたとき、それは本物の自由になるでしょう。
まわりからどう見えていようと。
さて、Honeyに「大丈夫」と大見栄を張った手前、いつまでもぐずぐずしてられません。
何かをしても、何もしなくても生きている私には明日が来ますから。
私は不自由の中を自由に生きていくことにします。
Good night my friend.
Sleep restfully.
人としてしてはいけないこと、人としてしなくてはいけないこと。
死んではじめてそれらの鎖から解放されて自由を手にする。
だから僕は死ぬことを怖いと思ったことはないんだ。」
そう言っていた友人が亡くなりました。
10日午前のことです。
彼の言わんとしていることはわかります。
人間が人間であるかぎり本当の意味での「自由」はありません。
これは王でも奴隷でも全ての人間において同じです。
生きているかぎりは生の不自由さに苦しみ続けます。
そして彼らに平等に与えられた、唯一の自由が「死」です。
死んではじめて我々は自由を得られるのです。
しかし、「不自由の中にこそ自由がある。」とするのが私の思想です。
彼に言わせれば私の自由など仮初めにすぎないのでしょう。
それでも、中にいる私が自由を感じたとき、それは本物の自由になるでしょう。
まわりからどう見えていようと。
さて、Honeyに「大丈夫」と大見栄を張った手前、いつまでもぐずぐずしてられません。
何かをしても、何もしなくても生きている私には明日が来ますから。
私は不自由の中を自由に生きていくことにします。
Good night my friend.
Sleep restfully.