「死ぬことは簡単だ。生きて人生を全うすることこそ本当の勇気。」
昔『るろうに剣心』で読みました。
いいこと言いますねぇ。
いや、ホントに…
今日は久しぶりに、本当に久しぶりに妖怪奇談です。
ブランクの言い訳をしますと、さすがの私もネタ切れでした。
そんなわけで古い文献を読み返したりしてリロードしましたので、気合いいれていきましょう。
今日は「鉄鼠」です。
゙てっぞと読みます。
鉄鼠は三井寺の頼豪阿闍梨の怨霊だと言われています。
頼豪は三井寺(天台宗寺門派の総本山の別称)の権僧正心誉の弟子です。
ときの天皇白河院は愛する中宮賢子の御腹から皇子誕生を願って、頼豪に「恩賞は思うままに」という契約で、祈祷を依頼します。
頼豪は依頼を受けてから寺にこもり祈祷をはじめ、賢子は無事に敦文親王を出産しました。
そこで白河院が恩賞をとうと頼豪は「三井寺に戒壇建立の勅許を得たい」と答えました。
戒壇とは仏門に入る者に戒律を与え、公認の僧とする事ができる施設です。
当時は東大寺や延暦寺などの大寺にしか設けられていませんでした。
この施設をつくる許しをもらおうと思ったわけです。
しかし白河院はこれを受け入れませんでした。
これには宗教的な背景がかかわってきます。
頼豪は天台宗寺門派の僧ですが天台宗にはもう一つ「山門派」とよばれる宗派があります。
もともとは一つの宗派でしたが、天台宗の開祖最澄の死後、その弟子であった円珍と円仁の二人が対立し、円珍と彼を慕うもの達は山を下り三井寺に移りました。
それ以来天台宗は比叡山を中心とする山門派と、三井寺を中心とする寺門派の二つに別れました。
この二つの宗派はことあるごとに争乱を繰り返しましたが、三井寺には戒壇がありませんでした。
つまり寺門派は天台宗に籍を置く限り、寺門派の信徒は比叡山で戒を受けなければいけなかったのです。
そのために寺門派はことあるごとに戒壇建立の勅許を求め続けていました。
しかし戒壇建立は延暦寺・三井寺間の中心的な問題であったため、比叡山から激しい反対意見が出されていました。
延暦寺側の大きな力を恐れて白河院は許しを与える事ができなかったのです。
頼豪は激怒しました。
怒りと怨みに燃え、百日間断食をして呪咀の護摩を炊き続け死にました。
ほどなくして頼豪の祈祷により授かった敦文親王が病で亡くなります。
頼豪の怨みだとささやかれましたが復讐は終わっていませんでした。
頼豪の遺体から八万四千匹の化け鼠が現れ比叡山を襲いました。
この鼠は石の毛皮と鉄の牙を持っています。
これが鉄鼠です。
三井寺では頼豪の魂を鎮めるため、境内に「鼠の宮」をつくりました。
一方比叡山では、坂本に「猫の宮」をつくりました。
約束は守りましょう。
必ず。
Good night and have a nice dream!
昔『るろうに剣心』で読みました。
いいこと言いますねぇ。
いや、ホントに…
今日は久しぶりに、本当に久しぶりに妖怪奇談です。
ブランクの言い訳をしますと、さすがの私もネタ切れでした。
そんなわけで古い文献を読み返したりしてリロードしましたので、気合いいれていきましょう。
今日は「鉄鼠」です。
゙てっぞと読みます。
鉄鼠は三井寺の頼豪阿闍梨の怨霊だと言われています。
頼豪は三井寺(天台宗寺門派の総本山の別称)の権僧正心誉の弟子です。
ときの天皇白河院は愛する中宮賢子の御腹から皇子誕生を願って、頼豪に「恩賞は思うままに」という契約で、祈祷を依頼します。
頼豪は依頼を受けてから寺にこもり祈祷をはじめ、賢子は無事に敦文親王を出産しました。
そこで白河院が恩賞をとうと頼豪は「三井寺に戒壇建立の勅許を得たい」と答えました。
戒壇とは仏門に入る者に戒律を与え、公認の僧とする事ができる施設です。
当時は東大寺や延暦寺などの大寺にしか設けられていませんでした。
この施設をつくる許しをもらおうと思ったわけです。
しかし白河院はこれを受け入れませんでした。
これには宗教的な背景がかかわってきます。
頼豪は天台宗寺門派の僧ですが天台宗にはもう一つ「山門派」とよばれる宗派があります。
もともとは一つの宗派でしたが、天台宗の開祖最澄の死後、その弟子であった円珍と円仁の二人が対立し、円珍と彼を慕うもの達は山を下り三井寺に移りました。
それ以来天台宗は比叡山を中心とする山門派と、三井寺を中心とする寺門派の二つに別れました。
この二つの宗派はことあるごとに争乱を繰り返しましたが、三井寺には戒壇がありませんでした。
つまり寺門派は天台宗に籍を置く限り、寺門派の信徒は比叡山で戒を受けなければいけなかったのです。
そのために寺門派はことあるごとに戒壇建立の勅許を求め続けていました。
しかし戒壇建立は延暦寺・三井寺間の中心的な問題であったため、比叡山から激しい反対意見が出されていました。
延暦寺側の大きな力を恐れて白河院は許しを与える事ができなかったのです。
頼豪は激怒しました。
怒りと怨みに燃え、百日間断食をして呪咀の護摩を炊き続け死にました。
ほどなくして頼豪の祈祷により授かった敦文親王が病で亡くなります。
頼豪の怨みだとささやかれましたが復讐は終わっていませんでした。
頼豪の遺体から八万四千匹の化け鼠が現れ比叡山を襲いました。
この鼠は石の毛皮と鉄の牙を持っています。
これが鉄鼠です。
三井寺では頼豪の魂を鎮めるため、境内に「鼠の宮」をつくりました。
一方比叡山では、坂本に「猫の宮」をつくりました。
約束は守りましょう。
必ず。
Good night and have a nice dream!