友人が事故を起こしたそうです。
年明けそうそう縁起の悪い野郎だ。
彼の名誉もあるので一応オフレコです。
ここに書いてる時点でオフレコじゃないんですけど…










今日は一日中考え事をしてました。
私にしては珍しく悪巧みじゃありません。



私には好きな人がいます。
それはもう、烈火の如く燃えるような恋情です。

それが最近薄れてしまったような気がします。


「私にとって夫は最も愛する人ではない。
しかし、最も大切な人である。
私達はそれで十分夫婦生活を維持できる。」
全くもってその通りだと思います。
私たち日本人はそういう民族です。
たとえ2人の間に愛がなくても、彼は夫にかわらず、彼女は妻にかわりません。
夫婦の間には愛情以外にも多くの感情が複雑に絡み合っています。
それが我々の姿でした。


私の愛はこれとは大きく違います。

私は好きな人ことが大好きです。
その人のためなら何でもできます。
これが私の自慢でした。

実はこれがいけなかった。
私は私の好きな人のために多少のこと自分を犠牲にします。
1回では小さな傷ですが、時を重ね、関係を続けていく上で、この傷はおりとして確実に心に蓄積していきます。
そして、このおりが目に見えるほど蓄まったとき、私は私が何より愛していた者を裏切ります。
ないがしろにして自分を優先したり、他の魅力的な人と無責任に関係を結んだり。
大好きな人を大好きすぎて疲れてしまう、いわゆる「自爆」です。



これは非常に恐ろしいことです。
この考えが浮かんだ時から私は今好きな人のことを好きでいられる自信をなくしました。

私はもう若くありません。
「好きだから付き合う」「愛しているから一緒にいる」といった子どものような恋愛はもうできません。
私が好きになった人を幸せにする義務と責任が私にはあります。
この責任が果たせないなら人を好きになる資格はありません。


しかし、わかったからといってそう簡単に諦められるものではありません。
焼け付くほど愛した人ですから。
諦めたつもりでも顔を見れば、声を聞けば、匂いを嗅げば、記憶がよみがえります。
大好きな人が笑う姿が、優しい声が、甘い香りが、私の真っ黒な脳内に再生されていきます。
そのたびに思い出す。
すべてを捨ててでも一緒になりたいと願った日を。
そして気付く。
まだ好きでいることを。

もう会うのもつらいです。


時とともに朽ちる想い。
寂しいですがそれが最良の道なのかもしれません。


See you next day.
Bye-bye!