シャンパンというワインがあります。
スパークリングワイン(発泡性のワイン)はみんなシャンパンだと誤解している人がいますがそれは違います。
シャンパンとは、フランスのシャンパーニュ地方で、定められた製法によって造られたワインのみが名乗ることを許された名なのです。
フランスのシャンパーニュ地方以外で造られたスパークリングワインは「ヴァン・ムスー」、イタリアは「スプマンテ」、ドイツでは「ゼクト」といいます。
ちなみに皆さんもご存知の"ドン・ペリニヨン"は正真正銘シャンパンです。
市場価格で2万もします。
いったい誰が飲むんだよ…
昨日の続きです。
ちょっとおさらい。
宗教者の目的は布教(営利目的ではない)、奇跡に対する説明は神の啓示あるいは信仰の現れ。
霊能者の目的は救済(営利目的)、説明はなんでもよい。
占い師の目的は営利活動、説明は占術理論。
超能力者の目的は無く、説明も不可能。
でしたね。
そして、四者ともそれぞれ
活動内容にペテンを含んでいます。
しかし手口は同じでも、ペテン占めている位置が違います。
まず超能力者ですが、トリックがあればその能力自体が嘘になります。
超能力者を名乗る時点でペテンです。
次に占い師です。
過去現在についてはトリックをつかえばペテンです。
しかし、その後の未来予知は真実かもしれません。
いわばペテンの部分は客寄せなので、それをもって占い師を否定することは出来ません。
そして霊能者。
最初の部分はペテンでもなんでも構いません。
効き目があればそれでよいのです。
最後に宗教者ですが、これは教義や信仰に問題がなければ簡単に批判するべきではありません。
ここまで整理すればわかったと思います。
先に挙げた四者はそれぞれペテンを含んでいます。
しかし、それを取り上げて批判するのはいかがでしょう?
そう、本当の本題はここからなのです。
「オカルト」という言葉があります。
これは本来、"隠された"という意味です。
オカルトとは語ってはならぬ、質してはならぬものなのです。
霊能者は生命を賭けて秘儀を守り、宗教者は奇跡が起きる仕組みは絶対に語らない。
例えるのならばオカルトはラジオです。
仕組みがわからないからといって「中で小鬼が歌ってる」という者がいます。
こいつを糾弾しようとして、ラジオ自体を糾弾していたのです。
仕組みを知ろうとラジオを壊したら機械が出て来て興ざめって訳です。
まだ続きます。
明治の末に福来事件という事件が起こりました。
帝大の助教授が千里眼の公開実験でインチキをし、失脚した事件です。
この実験に協力した超能力女性三名のうち、二人がこの事件が原因で亡くなりました。
御船千鶴子は自殺、長尾郁子は心労の果ての病死。
どちらも世間からの非難中傷に耐えられず、その末の最期です。
この実験で本当にインチキがあったかどうかは不明です。
しかし、この女性達が本当に超能力者だったとしたらどうでしょう?
超能力の存在を実験で証明しようという試みに対して、大衆は色眼鏡で批判をし報道がそれを扇動した。
その結果、無罪だったかも知れない人間を死に追いやった…
凡ては無知から来たるものです。
私が二日もかけて長い文を書いた意図がわかっていただけましたね?
何を糾弾すべきで、何を糾弾すべきでないか理解していただきたかったのです。
占いや霊能力を取り上げる場合はくれぐれもご用心を。
Good night and have a nice dream!
スパークリングワイン(発泡性のワイン)はみんなシャンパンだと誤解している人がいますがそれは違います。
シャンパンとは、フランスのシャンパーニュ地方で、定められた製法によって造られたワインのみが名乗ることを許された名なのです。
フランスのシャンパーニュ地方以外で造られたスパークリングワインは「ヴァン・ムスー」、イタリアは「スプマンテ」、ドイツでは「ゼクト」といいます。
ちなみに皆さんもご存知の"ドン・ペリニヨン"は正真正銘シャンパンです。
市場価格で2万もします。
いったい誰が飲むんだよ…
昨日の続きです。
ちょっとおさらい。
宗教者の目的は布教(営利目的ではない)、奇跡に対する説明は神の啓示あるいは信仰の現れ。
霊能者の目的は救済(営利目的)、説明はなんでもよい。
占い師の目的は営利活動、説明は占術理論。
超能力者の目的は無く、説明も不可能。
でしたね。
そして、四者ともそれぞれ
活動内容にペテンを含んでいます。
しかし手口は同じでも、ペテン占めている位置が違います。
まず超能力者ですが、トリックがあればその能力自体が嘘になります。
超能力者を名乗る時点でペテンです。
次に占い師です。
過去現在についてはトリックをつかえばペテンです。
しかし、その後の未来予知は真実かもしれません。
いわばペテンの部分は客寄せなので、それをもって占い師を否定することは出来ません。
そして霊能者。
最初の部分はペテンでもなんでも構いません。
効き目があればそれでよいのです。
最後に宗教者ですが、これは教義や信仰に問題がなければ簡単に批判するべきではありません。
ここまで整理すればわかったと思います。
先に挙げた四者はそれぞれペテンを含んでいます。
しかし、それを取り上げて批判するのはいかがでしょう?
そう、本当の本題はここからなのです。
「オカルト」という言葉があります。
これは本来、"隠された"という意味です。
オカルトとは語ってはならぬ、質してはならぬものなのです。
霊能者は生命を賭けて秘儀を守り、宗教者は奇跡が起きる仕組みは絶対に語らない。
例えるのならばオカルトはラジオです。
仕組みがわからないからといって「中で小鬼が歌ってる」という者がいます。
こいつを糾弾しようとして、ラジオ自体を糾弾していたのです。
仕組みを知ろうとラジオを壊したら機械が出て来て興ざめって訳です。
まだ続きます。
明治の末に福来事件という事件が起こりました。
帝大の助教授が千里眼の公開実験でインチキをし、失脚した事件です。
この実験に協力した超能力女性三名のうち、二人がこの事件が原因で亡くなりました。
御船千鶴子は自殺、長尾郁子は心労の果ての病死。
どちらも世間からの非難中傷に耐えられず、その末の最期です。
この実験で本当にインチキがあったかどうかは不明です。
しかし、この女性達が本当に超能力者だったとしたらどうでしょう?
超能力の存在を実験で証明しようという試みに対して、大衆は色眼鏡で批判をし報道がそれを扇動した。
その結果、無罪だったかも知れない人間を死に追いやった…
凡ては無知から来たるものです。
私が二日もかけて長い文を書いた意図がわかっていただけましたね?
何を糾弾すべきで、何を糾弾すべきでないか理解していただきたかったのです。
占いや霊能力を取り上げる場合はくれぐれもご用心を。
Good night and have a nice dream!