今思い出したのだが、親たちは私の事を
とても大事に思っていたのだろう。
遊ばれて捨てられたらどうしよう。
親が見合いをセットしてあげなくちゃ。
付き合いが始まっても3度に2回は断るようにと。
それで、内心反発しながらも
軽いことはいけないこと。
騙されることがないようにと
親の受け売りをいつの間にか皮膚のように肌身離さず受け継ぎ、
生きてきたことにさっき気が付いた。
親友がたびたび「お気軽に」と言うメッセージを
送ってくれたので助かった。
なかなか眠れず、朝5時半から「砂肝のコンフィ」を作っていたのだが
砂肝のコンフィは彼と飲んだ時に出たビールのつまみで
これだけは二人ともおいしくって作り方を聞いたのだったが
その後の展開があまりにちぐはぐで、この2KGも買ってしまった砂肝を
どうしようと、悩みながら早朝から作っていたのだった。
何でも深く考え、慎重に行動し、重く受け止めて生きるようにというのは
親の教えであって、この世の教えではない。
この世界は多様性に満ちており
色々な人が生きており、
その交流の中から豊かさを学ぶために
生きているのだと気が付いた。
ありがとう親友たち。
そしてあまりに違いすぎて
疲れ果てる彼にも
ありがとう。