実家の父は仏教が好きだった。

 

色々な仏教書や仏像の本やDVD、

 

寺院建築の本やDVDなど、残っており、

 

お寺の海外旅行などにも行っていた。

 

多分幼い頃からの躾の中にも

 

仏教から来た言葉が多く引用されていただろう。

 

私の好きな言葉は「人事を尽くして天命を待つ」だ。

 

禅宗の修行寺には観音様が祀られていると聞く。

 

禅宗は自力を説くけれども、最後は観音様に助けてもらえると言う

 

話を聞いたことがある。

 

全力を出すとか、全身全霊とか

 

「全部」と言う言葉が好きだった。

 

誰かに全幅の信頼を寄せるだとか

 

様々な行為の元になる思考に

 

この「全」という言葉がしばしば出てくる。

 

サレンダーとか、全てお任せなどと言う言葉にも

 

仏教に帰依すると言う言葉にも

 

そういうニュアンスを感じて生きてきた。

 

しかし、クリシュナムルティは

 

「何もかも疑え、自分自身も、もちろん信頼する師やグルも疑え」と言ったのだ。

 

誰にもすがらず一人の道を行けと。

 

さて私はなかなか一人の道は難しい。

 

もうあんまり自力では無理な感じがしている。

 

全てお任せで良いのではないかなと感じる。

 

全責任を取るなんて、途方も無いことのようにも感じる。

 

言われている視点が違うと言うことも分かるが

 

自分の行為の根っこなんてどこまで探しても

 

真実は分からない。

 

あんなに探した真実だけれど

 

今となっては「真実はころころ変わる」というのが私の真実だ。