さて何でも話せる友人がいるというのは

 

ありがたいものだ。

 

いつまでも思いが募る元彼の事も、

 

急にあらゆる事柄に怒りが湧いてくることも。

 

でも聞いてくれるばかりではなくて、鋭い一撃も返してくれる。

 

先日は、「いつも昔の事を沢山話すね」だった。

 

そして「それは何からできてるの。

 

僕には全てが夢か幻のように希薄なんだけど」と言う。

 

それは「記憶や、マインド、思考でできている」と返すと

 

「それらはみんな実体がないんだよ。

 

あると思い込んでいるだけで何にも無い」だと。

 

彼は数週間前に、およそ60年間に及ぶ生き辛さから開放されたばかりだ。

 

「ずっと苦しかったんだけど、

 

苦しんでた自分がいなかった」と言った。

 

そして、「何でもあって、そのままで良いんだけどね。

 

苦しかったら、それは無いんだと分かればそれも良いし、

 

どんなことしても全部間違ってないから、

 

先の事をあんまり、あれこれ気に病む必要も無いよ」と言った。

 

そう、彼はあんまり人と付き合わないので、私やもうひとりの友人だけが

 

このことを聞くチャンスに恵まれた。

 

世の中の片隅で、母親の看病をしながら、静かに暮らしている人だけれど

 

60年にわたる探求は無駄ではなかった。

 

今は昔より本当に静かな人になったし、「前より周りが愛おしい」と言っていたから

 

私はとても嬉しかった。

 

何しろあらゆる人に腹を立てて、純粋な愛で無ければたとえ母の愛でも

 

決して寄せ付けない人だったのを知っているから。

 

そしてこんなことも言っていた。

 

「愛って自分のいるところには無いなあ」

 

「たぶんそれは方便なんだよ。本当は空だけなんだ」と。

 

「この世はひどすぎる」も「この世は何一つ変える必要は無く美しい」も正解。

 

「この世のみんなは誰でもどこか病んでいる」も「この世に病人はいない」も正解だと

 

気が付いた。

 

こっちからとあっちからと、自分を両方から見ている。