初めは「原発村」という言葉は単に国、地方自治体、電力会社、メーカーなど、原発推進したい組織の

集合体をさす言葉だと思っていた。

しかし、さっき見たEテレで、使われていた「原発村」という言葉は

原発推進論に反対すると「村」八分にされ、そこで生きていけなくする村社会という意味。

つまり、原発を危惧する人々を強力に排除する異常な意識集団だと言うこと。

また「安全」という言葉も決して口にしてはならない言葉だそうだ。

安全かどうかなど議論してはならないと言う、これもまた狂っているとしかいえない集団。

「専門家」とは名ばかり。

裏でどんなうまい話があったのか知らないが、自分達は決して原発の近くには住まないのだろう。

そうしておいて、口先だけ絶対安全だと唱えて、

自分の保身を図ってきた人々が、専門家という人々。

どんなに頭脳明晰だか知らないが、やっぱり馬鹿なんだと思う。

自分の保身を優先する学者や官僚は天下国家を論じるに値しない。

そこに彼らを養い支えている、国民の命に対する視点が欠如しているから。


命がお金より大事。

経済より、豊かな海や先祖から住み守ってきて大地が大事だと言う普通の人々の

普通の感覚を持っている人たちの方がはるかにまっとうで優秀な人々なんだと思う。

国に雇われた裁判官による、判決がどのようなものになったとしても

何をどう考え、どういう行動をしたか、自分が恥じることのない人生を送れば

それが最高。

年老いて、過去の自分の仕事の浅はかさを見せられるほど

みっともないものはない。