ブログネタ:首都圏人の買いだめは必要? 参加中本文はここから
物がなくなる。
食べ物が買えなくなるという恐怖心から、買いだめをされているのでしょうか。
本当に食べ物がなくなって餓え死にする可能性があるのでしょうか。
私は地方にしか住んだ事がないので首都圏の方々の本心がさっぱり分かりません。
この国の政府は自分のことは自分でできる子供を育てよう、とか何とか、そういう風に教育してきたではないですか。
自分の事は後回しにして、他人を助けていると、廻りまわって自分が助けてもらえるんだよと教えてきましたか。
教育の力は非常に大きいです。
首都圏の人々にエゴが強いのは、地方よりも「他人は当てにならない」と教えられて生きてきたからではないでしょうか。
もともとこの国は地震国です。
地震に対して準備をしていつでも生き延びられるように備蓄するのは「自分のことは自分で解決する」意味において重要です。
いつ首都圏が地震によって大変なことになるかは誰にも分かりません。
でも今回の東北関東地震を見ていますと、日本国中のみならず、世界中から支援がきています。
そういう意味ではすでに、困ったときには誰かが助けてくれる。
今は自分が誰かを助ける番だと思える良い教訓があるのだと思います。
それに地震発生時に略奪も大混乱も犯罪も急上昇しなかったのですから、
首都圏の人々は非常に冷静な行動ができる人々が住んでいるような気がするのです。
人間は本来安全な空気や水のあるこの地球に生かされているのですが、むやみに汚し、
破壊してきたのは私たち人間なのです。
いつ地球が住めない星になって、私達の命が尽きようとも誰にも文句は言えないのかも知れません。
それでも自分だけでも助かりたいと思う気持ちはよくわかります。
それは恐怖心からきているのでしょう。
恐怖心は自分の体を守るために重要です。
でも人間はいつかは土に帰っていく運命です。
生きている間に誰かの役に立とうという気持ちも大切。
自分の命を粗末にしない気持ちも大切。
一番大切なのはその人が何を考えて買いだめしているかです。
これからは本当の意味で、この星が快適な星に戻っていくために何をしなければならないのか、
すべての人々が知恵を出し合っていかなければならないのかもしれません。
そういう風に生きられない人々は、生き残れないかも知れません。
昨日は一緒に暮らした義父の葬儀でした。
93年間の人生の大半、地域の子供達の安全のために無給で交通整理をしてきた人でした。
まったく動かなくなった体で、じっと痛みを我慢する近年でした。
でも命を精一杯全うしました。