子供たちが小さい頃、例えば修学旅行に行く折りには、お稽古事の先生や親戚にもちょこっと「おみやげ」お願いねと言って送り出していた。

それで、子供たちはピアノや書道の先生方にも、ちょこっとした物を買って帰ってきた。


そういう風に育ったのでどの子も、いつもだれかれに喜んでもらおうとする意識が自然に育ったように思う。

一番気を遣う大人になったのは長男で今の彼のありようは、「子供の頃のちょっとしたプレゼントを稽古事の先生方がとても喜んで受け取ってくださった事が大きい」と言っていた。

稽古事というのは親(あるいは本人)がその技術を習得したくて習わせたりする事が多いけれど、本当は親以外の大人たちが、本当に一生懸命に子供とかかわって下さって、子どもの良い所を(技術ばかりではなく)引き出したり、彼らの好きな分野で集中力や忍耐力や継続力や、他の人に対する思いやりを育んでくださったりするところがとても大事なのではないかと思っている。

私は子供が中学生までは宿題以外の勉強は必要ない、苦手できらいな事で様々な力をつけることはない。受験勉強は1年でよいと思ってきた。

勉強が好きならよいけれど、大事なのは思いやりや集中力。

私自身が勉強より稽古事が好きな子供だったので案の定、子供たちはたくさんの稽古事に通いたがった。

7種類の稽古事に通い、毎日1時間は違う稽古事、あるいは1日で2つ掛け持ち、という時期もあった。そんな忙しい毎日の中で自分で時間配分する術も身につけたように思う。

何しろあれもこれもやりたいのだから。

私は子供の気が向かない稽古事は勧めた事があまりない。

それはとても苦痛だから。

でもやり始めて向かないと分かった時は、ここまで出来たら卒業と言う風に期限を切ったりした。

そうしてある程度できるようになると、好きになったりもしたようだった。

長男はピアノの稽古がきらいで毎年発表会が近づくと逃げ腰だったが、高三の卒業で地元を離れるまで通った。

ピアノがうまくなりたいと言うより、ピアノの先生が長男をいつも励ましてくださる素敵な先生だったからだ。

もしも集中して何かに打ち込む事が出来る子供に育っていたら、「受験勉強は、1年間集中すればいいんだ、前にもそういう経験がある、やればきっとできる」

まじめで陰日向のない子供になればいざと言う時にはきっと大丈夫。

子育て中のお母さん。

まず子供を優しくて思いやりのある子供になるように「見守ってあげてください」
 
長い人生で大切なのは、上辺だけ要領よく生きるのではなく、自分に正直に心からの思いやりを持って生きる事だと思うから。