このブログは公開しているけれど、基本は日記。


だからもちろん備忘録としても使っている。写真を撮るのはとても簡単な記録法だ。


でも最近アクセス数を見ることができると分かってからは結構数字が気になってきた。


最近ちょっと気になっているのは、いつも毎日20人ぐらい見てくださっているんだけれど、写真を載せた日は200人ぐらいかな。どうしてこんなに違うか分からない。


何も分からなくてブログを始めたので、そのうちなぞが解けるかも。



さて今日は昨日の新聞記事で1番心に残ったエッセイを是非書いておこうと思う。




西○本新聞朝刊12月2日付け「浦からマグノリアの庭へ」

フランスの作家「ジャン=イブ・サンドレ」の言葉を作家の小野正嗣氏が紹介している。

 

「不幸な幼年期を過ごした子供は、大人になったらその分陽気でなくっちゃいけないんだ、そうだろ?


不幸な子どもは人生に貸しがある。「現在を絡めとろうと手を伸ばしてくる、苦痛とみじめさに満ちた「過去」などに決して屈することなく、逆にこちらから人生に対してしつこく手を伸ばし、この貸した陽気さを取り立ててやるべきなのだ」


ジャン=イブ、マリー・ンディ夫妻は子どものころ親による過酷な虐待経験を持つ作家たちだ。


私は虐待ではなく過保護過干渉による窒息寸前だったと思う。


私4歳弟1歳で実母が亡くなったからといって、継母にすげ替えれば娘は幸せだという短絡と、家事から解放されたいという当時34歳の妻に先立たれた男の選択を長い間理解できなかっただけだ。


しかし長い間私を捉えていたのは、自分さえこの世からいなくなれば、全てがうまくいくという思いだ。


今は子どもの「必要」で生きているが、かなり頻繁に「いつまで生きていればいいのかなあ」と感じる。


そんな毎日の中で、彼の言葉に、なるほど私は貸しを取り立てていたんだなと納得した。


スイスとドイツであった、シュタイナーのゼミに参加したのは長男6歳次男が10ヶ月だった。


8年ほど前からアジア、アフリカ、中南米の雑貨や手織りのものを売っていたのも、

今ギャラリー喫茶で無農薬珈琲や天然酵母パンを作っているのもすべて私の楽しみ。


よく言われる「道楽」ってやつ。


子育てだって私の道楽で、医者に堕胎を勧められた4番目の子どもも堕胎拒否して

私のしたいように生きてきた。


とても人様に勧められないが4番目の子どもはそれはそれは、良い子だったんだ。


生きているうちに全部したいことをしてしまって何も思い残しがない。


私のしてきたことこそ日々の遺言。