事件の1報を聞いた夫が「母親かも」
福岡市西区の6歳児が殺害された事件です。
なんともやりきれなくつらい事件です。
私が彼女でなかっただけです。
子育ては長いトンネルの中にいるようなところがあります。
周りの人は助けてあげられなかった。
悲観的な人はなかなか友達もできにくいです。
私には様々な障害を持って生まれた娘がいました。
彼女は生きている間自力で歩くことさえできませんでしたが
先に生まれたお兄ちゃんたちより
はるかにすごい存在で、親の私が育てたと言うわけではありません。
上の子どもたちは1週間ほどですぐに家につれて帰り
2から3時間ごと泣き、その都度あれこれ世話を焼きましたが
娘はまる1年間未熟児室から出られず保育器の中に一人で寝ていました。
面会は1日1時間ほど。
じっと手を握ってやることしかできず抱っこもなかなかしてあげられませんでした。
でも、一人でがんばって生きていました。何かに生かされていたのかもしれません。
とても育てたなんて云えない。
ある日突然別の世界に行ってしまいました。
誰もが「みんなで同じ時間を共有している仲間」として感じることができると
将来を悲観したり、周りに壁を作って孤立したり、他人のことをあれこれ中傷したりいじめたりが少なくなると思う。
あまりに人が離れ離れですね。
心がつながっていくと税金一つとっても、どういう風に使うのが本当の役に立つのかよりよい選択ができる人間になって、もっと生きやすい社会になっていくのではないでしょうか。
様々な支援の方法があったはずなのに、最悪の形で事件が起こり忘れられていく。
この世界は今そういう所なのだということを見せてくれています。
今悩んでいる人がいたら言いたい。
たとえ我が子でも傷つけることは許されない犯罪です。
自分がされて来ても、だからこそ子どもに同じ事をしてはいけません。
そのつらさを一番知っているでしょう。
同じような境遇の人はたくさんいます。みんな感じることができます。
あなたは一人ではない。
へんな宗教に入る必要もありません。自分の事、子どものことを深く理解しましょう。
必ず方法があります。早まらないでください。