じゃあ、リハビリはいらないのか? | 大切なモノひとつ~線維筋痛症を乗り越えて〜

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普通の生活をしていた普通の女の子が、ある日突然激痛に襲われました。
これが私の【線維筋痛症】という病気との出会いでした。

ブログに来ていただきありがとうございますニコニコ

 

前記事は以前に書いていたものに加筆してアップしたものなので改めて…

 

 

私が現在リハビリを行っているかと言えば、答えはYES

 

仕事と家庭の両立の上でになることもあり物理的に時間が取れないので

 

どうしても日常動作訓練が中心ではありますが、トレーニングも含めて数えてみると結構日々たくさんしています笑い泣き

 

 

私の治療やリハビリは言葉にすると専門用語が多かったりニュアンス的に伝わりにくかったり

 

間違って受け取られることが高い可能性で考えられるため詳細は書いていません。

 

私がそれを伝えられるだけの知識と経験を兼ね備えられたら、ブログに書く時が到来した時だと思っていますが、残念ながらまだまだ先ですね。

 

私がもっともっとよくなって、ちょっとしたしがらみから抜けて出てお勉強が進むようになった時がそのタイミングですゲロー

 

だから、ちょっとこのブログは何言ってるかよくわからないブログになってしまっているんだけど

 

それは目指すところがあって、あえての表現であることをご理解いただければ幸いですショボーンショボーンショボーン

 

 

前回のブログで私の体調は50-60点と書きました。

 

私の思いとしてはもっと上なんだけども、先生はそんなレベルでは合格にしてくれないのでそう評価しています。

 

大学の成績って60‐70点が可、70‐80点が良、80点以上が優だったと思うのですが

 

つまり今の私の状態は不可~可の間を彷徨っているので50‐60点と表現しています。

 

自分の思いとしてはもっと上と感じるのは、私としては良の70‐80点くらいをつけたいところなのですが

 

「ちょっと良くなると、それでいいと思い込んでしまってそれ以上よくならない。もっともっとよくなれるのに。」

 

という先生の言葉から、私はもっともっとよくなれる可能性を秘めているという期待を込めて

 

伸びしろのある50‐60点という、前向きな意味の不可~可の評価なんですね真顔

 

ええ、ややこしい。

 

つまり、普通の元気な人でも70‐80点という評価を受けるようなシビアな点数のつけ方で

 

私は50‐60点という表現ということです真顔

 

本当は1000点満点で採点したほうが分かりやすいような気がしますけど(笑)

 

それだけ1点の濃度が濃い評価なんです。

 

 

今年度は本当に体調が低迷してしまって、この7年で1番しんどかったのですが

 

それでも毎日働いて、

 

さらに月6回くらい朝から翌昼まで勤務して、翌朝からまた普通に勤務をするのは日常で

 

土日もどちらかはほぼ仕事で

 

家庭の用事も入ると完全休日が数か月に1回というのもザラという状態を7年続けていますが

 

休職せずに続けていられるというのは、それだけ体を動かしても大丈夫なくらいは回復しているということですウインク

 

けど、回復していることを認めつつ、まだまだ、もっともっと元気になれる爆  笑という期待を込めて治療を続けています。

 

そういう意味ではまだまだ治療は道半ば。

 

 

こういうと、「もう線維筋痛症じゃないんじゃない?」と言われるかもしれませんが

 

まぁ。言われても全然かまわないんですが、ほぼ無痛状態の時期もあったし圧痛点が消えていた時期もあります。

 

啓蒙という意味では線維筋痛症という言葉を必要としていますが

 

治療という点において、もう線維筋痛症という病名にこだわっていないので、そのあたりのことはどうでもいいんですけど

 

「ちょっとだるいだけ」という、わりかし元気な時期が数年ありました。

 

その時、調子に乗って通院間隔があいてしまって自分のメンテナンスもせずに仕事に没頭してしまったんですよね。

 

医師になって数年目。

 

知識も技術も一番吸収しやすい時期で大切な時期ですから、それも必要だったとは思います。

 

完全に思考が仕事にシフトしてしまっていた時期で、ブログを見てもいなかった時期がちょうどそこに重なります。

 

そして妊娠・出産した時期です。

 

1回目の妊娠の時なんて、本当数か月も主治医のもとに行かないとか、むちゃなことしたなと思いますが…

 

でも本当に調子がよかったので、自分でも勘違いしていたころというか、また悪くはなることは分かっていたけど

 

これくらいを維持できていればいいと思っていたのかもしれません。

 

前回も書きましたが、この点数を1点あげるのも結構大変で努力が必要なんですね。

 

治療、仕事、家庭と疲れてしまっていたのもあると思います。

 

でも仕事をやめる選択肢はないし、子供も育てなければいけない。

 

結果、ないがしろにしやすかったのが治療だったわけです、物理的な時間としても。

 

症状としては仕事もできるし生活できないわけじゃないし、痛みはたまにあっても我慢できる程度。ごまかしがきく程度だと…。

 

やっぱりその先の未来は明るいことが分かっていても、目の前のことがつらすぎると現状満足したくなってしまうというかゲッソリ

 

まぁ、正直なことを言えば疲れて面倒になってしまったんだと思いますチーン

 

 

けれどその日はやってきました。

 

強い倦怠感と痛みの再来ですね。

 

そこからは真面目に治療していますガーンガーンガーン

 

治療をさぼっていた当時に比べると今のほうが疲れているのですが、その時の経験のおかげで

 

よくなっているときほど治療のタイミング爆  笑と思えるので、調子がよくても欠かさず通院できているのだと思います。

 

 

その後月1通院の許可が出るくらいまで回復していたのですが、

 

再度今年度になって悪化したのは、治療の過程というよりはトラブルによるものだと思っていますチーン

 

2度の目産後に股関節を痛めたことがさらなる悪化の原因の一つだと私は思っているのですが、先生がどう思われているかはわかりません。

 

産直後は割とトラブルもなかったのですが、まだ骨盤がゆるかった時に油断していたのが原因。

 

15キロ近くある長女を抱っこしていたことで痛めたのか、次女の授乳や寝かしつけで奇妙な体勢をとるからか

 

線維筋痛症の痛みではなくて、明らかに股関節単独の痛みでした。

 

右股関節の痛み~違和感は半年以上続きましたが、症状がよくなってきて少し経ってから今年度の大波乱がやってきた、という感じです。

 

年末を境に一度どん底は抜けてすーっとよくなって、また小さい山谷はありますが今は割と安定しています照れ

 

その証拠として、ブログの記事を書くことができていることですかねウインク

 

ある程度頭が回らないと自分が納得のいく記事が書けないので、アップできないんです。

 

先日過去記事を整理していて気づいたのですが、記事を書いたけど最後まで仕上げられなくて保存されている記事がたくさんありました。

 

でも今は最後まで書けて、アップできていますショボーン

 

(ただし誤字が多いことは主治医に指摘されました。。。ただの誤変換なのでごめんなさい真顔

 

 

なんらとりとめのない記事になってしまいましたが、私は割と元気にやってますよ~ということですおねがい

 

私が痛みを抱えるようになって27年になります。

 

27年の積み重ねってちょっとリハビリをしたからってなかなか良くならないんです。

 

さらに言うと、【自分の体のいい時期】というものがなかったので、「この感じだ!」と思い出せる感覚がないんですね。

 

なにしろ記憶にある限りで痛いという感覚がなかったのは数年のことですし、幼かったのでよくわかりません。

 

割とあっさり慢性疼痛の患者さんを治していく主治医にも「こんがらがった身体だ」と言われるのはその年月も原因。

 

正常を知らない私は余計にちょっと良くなると、ものすごくよくなったと感動しがち。

 

でも、もっともっと元気になれる道があるから、千里の道も一歩よりで小さな一歩を日々歩んでいきたいと思っています照れ

 

 

元気になった方々も、みんな体のメンテナンスは続けていらっしゃると思います。

 

これに関しては完治とかとは関係なく続けていかなければならないことだと思っています。

 

先、長すぎじゃないか!!と思われるかもしれませんが、未来の想像はしっかりついているので頑張りたいですキラキラ

 

 

さて、今日も空を見上げて顔晴りましょうラブラブ

 

↓こちらの記事もご覧ください↓

連載コラム⑤

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