心屋リセットカウンセラー
ジャージコバ認定カウンセラー
"あなたにも出来る"を伝える講師
ほげ子です
ここ数週間
ニュースや情報番組などで
子どもへの虐待に関する
報道や議論が
続いていますね
我が家では
全くもって
ヒトゴトではない
いや
今は
されることは無いですから
ヒトゴトではなかった
というところで
ニュースを見ながら
ご飯を食べることに
なんかこう
しんどさを感じながら
それでも
父や母と
虐待全般の話などを
しておりました
ネットのニュースや
コラムなどでも
親に叩かれた
と子どもが110番して
親が逮捕されたケースが
取り上げられたりして
そういうのを
短期間で頻繁に目にすると
叩かれていた側としては
なんかこう・・・ね
思い出して
しまうんですよね
以前よりは軽くなった
その思い出してしまうものを
なんとなく
見るともなく
感じながら
過ごしていましたよ
悪いことをした、とか
しつけだ、とかで
叩く
叩かない
それぞれ
いると思うんですが
我が家は
叩く、家でした
叩かれて
ごめんなさい
と言っても
大きな声で
たたみかけられながら
また叩かれる
ごめんなさいなんて
言っても
言わなくても
叩くんじゃないか!
と言ったら
さらに叩かれたことも
ありました
今思っても
胸が
きゅっとなる記憶です
しつけで
手をあげる(叩く殴る等)のは
虐待や暴行では
ないんじゃないか?
わたし自身
長いこと
そう思っていました
実際
「悪いことしなければ
叩かれないんだからな!」
と言われていましたし
わたしが悪いから
叩かれるんであって
叩かれるのは
その前にわたしが何か
悪いことや
親の機嫌を損ねることを
したからだ
と思っていましたよね
親の機嫌は
親次第なので
本当は
わたしに責任は無い
(=しつけの対象では無い)
のでしょうが
お父さんお母さんの
機嫌を損ねてしまうのは
わたしが悪い
(=しつけの対象)
と思っていたんですよね
そして
しつけなのだから
叩いていい
親は
そういう権利を
持っているんだ
と
半ばあきらめていたように
感じます
わたしが小さい頃は
子どもが悪かったとしても
叩く殴るなどに及ぶのは
どうなのよ?
とは
大人が
言ってくれなかった時代でも
ありました
叩く殴るは
わりと
多くあったのでしょうね
叩きすぎていたら
そのへんで
許してやりなさいよ
と誰かが止める
みたいな感じ
1発2発なんて
親が子を殴るのは当たり前
みたいなところがありました
こうやって
声が上がるというのは
時代なんですかね
ありがたいことです
そんな
ダラダラした話を
以前から
母とは
よくしていたのですが
ここのところの
報道などで
また改めて
数時間
話したりしました
結構
長い期間
報道が続いたので
「昔よく殴られたよねぇ」
という話は
今回
父の前でも
する機会がありました
家族4人揃った場で
話したのは
初めてで
(こういうことを
姉を交えて話すことが少ないのかも)
殴った人を前に
殴られた2人(わたし・姉)が
殴られたことを堂々と主張しても
言い争いにはならず
全員、モグモグご飯を食べる
という
妙な感じでしたね
終わった
ということの
証でもあるのでしょうが
父は
どう思ってるんだろう?
きいてみたいな・・・
とも思いました
また近いうちに
聞くことがあるのかなー
自分自身を見つめることは
時間はかかりますが
やはり
結果は出るんですね
自分のやってきたことに
自信をもてた
数週間でもありました
・・・・・・・・
色んなことの
お知らせなどが
遅くなっていてごめんなさい
もうちょっとお待ち下さいね
1部のページを
AmebaOwndに移している途中です。
完成にはもうちょっとかかるかな。
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