今回は、大斎原(おおゆのはら)。
ここは、熊野本宮大社が昔あったところです。
周囲は田んぼなのですが、その中にどでかい鳥居があります。
いや、かなり遠方からでもはっきり見えるぞ。
2000年に建てられたそうで、日本一の大きさを謳っています。
熊野本宮観光協会のホームページによると、
8月にはここで八咫の火祭りが行われるようで、
ライトアップして昔の衣装をつけた地元の方々などが
唄や踊り、音楽で奉納を行うようです。
ただし、この場所にはちょっと厳しい歴史があります。

熊野本宮大社は、明治22年に熊野川の大洪水で建造物が倒壊し、
倒壊を逃れた上四社を現在の場所に移したということで
上の看板には、旧社のことが語られています。
ここは、その元々本宮大社があった敷地で
今はとっても静かな公園のようなたたずまい・・・
すでに夕方で人があまりいなかったということもありますが
静けさにちょっと虚を突かれました。
(都会暮らしなので 大きな場所での静寂に慣れない人)

これは、中四社と下四社を合祀する石祠だそうです。
他にほとんど人がいなかったのと、夕方で陽が陰り始めたのとで
厳粛な雰囲気です。(森の中なので暗めでした・・・涼しかったけど)
鳥居の方向から入って行って、この敷地のいわゆる反対側まで歩くと
このような看板もありました。

旧社地である大斎原の説明と、中四社、下四社の祀る神様のお名前です。
漢字見ただけで読める人は古事記や日本書紀の達人でしょうなぁ。
洪水で流されてしまった・・・つまり、この旧社殿は川の近くにあります。
ほんの1、2分も歩くと

新宮川 ( = 熊野川 ← あぁ、ややこしい)
この新宮川 ( = 熊野川)は、2012年の台風の時に大規模で氾濫しました。
本宮大社が流された大洪水から124年ほど経って
同じような災害に見舞われたんですね。
私はこの洪水のことを失念しており、
むしろ同じ時に起こった
奈良県の十津川村周辺の被害のほうが
頭に残っていたのですが、
先日行った青岸渡寺へのバスツアーで
熊野川のそばの道を通る際に、
添乗員さんが氾濫のお話しをされていました。
想像を絶するような水の量になったそうで
120年以上前に元々の本宮大社が流された時の洪水も
そのくらいすごいものだったのでしょう・・・
いやしかし、熊野本宮が流された原因の川と3年前の洪水の話が
ブログを書いていて初めてリンクするなんて
とんでもない脳内だと自分でちょっと呆れました・・・
今回、熊野三山を速足で周ったお話しでしたが、
いつものことながら、ブログを書きながら
冊子や神社仏閣のホームページや他のブログを見て
「そんなことだったのかぁ」 と、つぶやく私。
・・・でも、ブログ書かなきゃ学習しないみたいなので
それでいいのだ (バカボンのパパかぃ) ということにします
