
この被告が死刑になったのは2004年です。テキサス州は、死刑執行の数では他の州をぐんと抜くらしいのですが、その中には、「無実なのに死刑になってしまう」例も少なからずあるようです。
このケースも明らかにそのひとつで、この映画を作ったふたりの監督がこの事件に関して興味を持ったのは、2009年にニューヨーカー誌に掲載されたデヴィッド・グラン氏のこの事件に関する長い記事がきっかけだったそうです。(ところで、ニューヨーカーの記事で気づいたのですが、私が8月2日付で書いている(日付調べに行きました~)「Confession (告白)」という本の内容には、明らかにこの話から使っているネタがあります。偶然とはいえ、少しびっくり)
この記事(というか短いノンフィクション)では、3人の娘(幼児と双子の赤ん坊)と一緒にいたキャメロン・ウィリンガムの自宅が火事になり、父親だけがかろうじて脱出し、娘3人は死亡してしまった事件(母親は当時不在)で、火事を調べた捜査官の思い込みや、目撃者の偏見のかかった証言などで父親が死刑判決を受けてしまうこと。そして、火事が起こるメカニズムに関しての新たな事実と共にこのケースも放火ではないという報告が専門家から出されていたにもかかわらず、死刑は執行されてしまったことなど、まるで小説を読んでいるかのような展開で書かれています。
ここで考えさせられるのはまず、火事の捜査がいかに難しいかということ。証拠は焼けてしまってるわけですから、捜査官の苦労は大変なものでしょう。このケースも含め、アメリカでは長い間、古い手法がそのまま受け継がれていって間違った結論に至っていることがあるそうです。
また、目撃者の証言は時としてあてになりません。当初言っていたことと、マスコミ報道などで影響を受けてから後に言うことがずれるのはよくあることだと思います。
そして、無実の人を死刑にしてしまう問題。これは、非常に難しい背景のあることなので、ここでは軽々しく意見は述べませんが、ニューヨーカーの記事の著者も映画のふたりの監督も、死刑制度を廃止すべきだというような意見は何も述べていません。
「確かに死刑しかないという事件もあります。でも、無実だったであろう被告が死刑執行されてしまったことに、非常に考えさせられてしまうのです・・・」
この監督の意見が、私の思うことに一番近いかなと思います

ちなみに、映画の紹介もニューヨーカーの記事もサイトで見ることができます。英語ですが、よろしければどうぞ。(ごめんなさい、リンクがうまくいかないので、これをコピーして入ってください)
映画紹介
http://www.washingtonpost.com/lifestyle/style/incendiary-alleged-arson-and-the-lingering-controversy/2011/09/19/gIQA9ITMrK_story_1.html
ニューヨーカー記事
http://www.newyorker.com/reporting/2009/09/07/090907fa_fact_grann