※CAUTION※
読む人にとっては一部女性蔑視な発言が混ざる可能性があります。
なお、オブラートに包んだつもりですが、下ネタも含まれております
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先日、前職の先輩2人と飲みに行った際に、女性の性に関する話になった。
話の内容としては女性の貞操観念についての話である。

僕が知っている女の子で、今年の4月~7月現在で交際する男性が4人変わった人がいる。
顔も客観的に見れば可愛い、スタイルもいい、まあ男性的な目線で言えばごちそうになりたい一品であろう。

先輩が、次の彼氏に立候補しろよという。
向こうがどうこう言う前に、僕としては絶対にありえない不可能レベル
そりゃにゃんにゃん(笑)しようと言われれば是非お願いしますといえますけどね。
付き合うとなると、僕は、貞操観念の薄い女性は苦手なので無理です。

と告げると先輩Tは同意してくれ、先輩Iも同意はしてくれたものの、何で?という問いになった。
先輩Iの言い分としては、何で男は貞操観念考えずにOKで、女性にだけそれを求めるの?
ということである。

僕の回答は、お互いの合意を前提とすれば最終的ににゃんにゃん(笑)の実行権限を
持っているのは女性であり、男性が求めても女性がそれに答えない限りにゃんにゃん(笑)には
結びつかないためである。まあ無理やり行為を求めればDVに該当するしね。
法律的に見ても間違ってはいないと思われる。

別に僕は、処女信仰をしているわけでもないが、貞操観念は絶対的なものでなく
あくまで相対的なものなので、僕の四半期レビューの結果、男を4人チェンジするのはありえないという帰結になる。


さてさて、この話を昨今よく耳にする、草食系男子と肉食系女子という言葉に当てはめてみよう。
僕の思考においては、あくまでにゃんにゃん(笑)におけるリスクアセスメントというものは女性が行うべきものであり、男性を評価し、その上でにゃんにゃん(笑)に挑むというのが前提である。
理由としてはにゃんにゃん(笑)後のリスクは女性に帰属するものが多いこと、
それの許容の可否は、男性にできるものでなく、女性に委ねられるのが自然であるからと考えられる。

その前提を踏まえると、昨今言われる肉食系女子という言葉は、リスクアセスメントを排除した思考といえるであろう。
男性が弱くなったというより、女性の地位の上昇につれ、旧時代の男性的な考え方を持つ女性が増え、
結果、相対的に女性の貞操観念が薄れ、リスクアセスメントを行うことがなくなったがために、この言葉が流行ったのではないだろうか。

女性が相対的に強くなるにつれ、やはりどこかに歪が生じてくるものである。その歪を修正したその結果が、
男性の立場からの女性に対する評価、つまり、リスクアセスメントが行われ、草食系男子という言葉が誕生したのであろう。男性には、にゃんにゃん(笑)後のリスクを検討することは、心情的にも、非常に難しいため、結果的にある程度合理的に見積もれる貨幣的価値においてリスクは換算されるのであろう。


まあ、実際とっかえひっかえしてる本人からすれば、好きなんだからしょうがないじゃんというB’zの歌詞にでもでてきそうな回答がありそうな気がしてしかたないが、それはつまりリスクアセスメントをきちんと実行していない証拠なのである。

結果、本当に好きで付き合ったなら1ヶ月程度で破局しないよね、はい論破♪とボロクソに言ってあげる事ができるのである。(実際言わないけどね。)

※結論※
付き合う前には、男性も女性もちゃんとリスクアセスメントしましょうね♪
しかし、お互いがリスクアセスメントを実行したら少子化加速しそうな気がするのでほどほどに。


ちなみに僕は、上記に当てはめるならロールキャベツ男子かなと思います。というかたぶんそうです。
読み返すとひどいなこれ。まあ校正もめんどいのでこのままでいいや。


今日、ニコ生を見てたら↓のようなことを話題にしてる生主さんがいました。

最近、リアル≠ネット、ではなくリアル≒ネットという考えになっている。

僕は、完全にリアル=ネットという考え方なんですけどね。
ただ帰属するコミュニティの違いというだけの話。

学校におけるコミュニティ、職場におけるコミュニティ、その他趣味のコミュニティ。
帰属するコミュニティは人それぞれ全て異なってくると思います。

ただネットの普及により、ネットにおけるコミュニティというのが急速に発展しただけの話である。

それでも急速に発展した弊害かリアル≠ネットという考え方の人が非常に多い。
リアル≠ネットという考え方の人に非常に聞いてみたい。

「あなたがやり取りをしている人は何ですか?」

書きたいことはまだあるけどあの花みたいからここで終了!
今日は久しぶりに勉強しない日と決めていたのでのんびりアニメ見たり部屋の掃除したりしてました。

今フジテレビのノイタミナ枠でやってる「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない。」
(通称:あの花)がずっと話題になっていて、見たいと思いながらも結局見ないままいたのですが、
今日10話一気に見てしまいました。

結論:最終回終わってから見ればよかったorz


以下あらすじ。

幼い頃は仲が良かった宿海仁太、本間芽衣子、
安城鳴子、松雪集、鶴見知利子、久川鉄道ら6人の幼馴染たち。
しかし、突然の芽衣子の死をきっかけに、彼らの間には距離が生まれてしまい、
それぞれが芽衣子に対する後悔や未練や負い目を抱えつつも、
高校進学後の現在では疎遠な関係となっていた。

高校受験に失敗し、引きこもり生活を送っていた仁太。
そんな彼の元にある日、死んだはずの芽衣子が現れ、彼女から「お願いを叶えて欲しい」と頼まれる。
それをきっかけに、別々の生活を送っていた6人は再び集まり始める。(wiki改変)


仲間であったり会社とか全てのコミュニティ言えることだが、基本的には閉鎖的であり、
その閉鎖的な仲間内という重要なコミュニティの中で
芽衣子の死が残された5人にとってどれだけ大きなことであったのか。
それが最も多感な幼少期に起こったとしたらその後の生き方、価値観にどれだけ重大な影響を与えるのか。
「あの花」の要素の中でも重要なファクターを占めるのはまさにここである。

芽衣子に好きだと言えないままであった仁太。
芽衣子に好きだと言うが、振られた雪集。
芽衣子に仁太が「好きじゃねえよ、こんなブス!」と言ったとき喜んだ鳴子。
芽衣子を好きだった雪集が好きな鶴見。

基本的にはこの4者で話が成り立ち、
この4者が主観的にしか物事を見ることができない中、
久川のみが客観的にこの4人を見ることができるポジションにいるという構成となっている。

芽衣子の死により、過去に縛られ続ける仁太と雪集。
そしてその二人を思い続ける鳴子と鶴見。

コミュニケーション間、感情の推移等を様々な対比を用いて、表現しているのは非常に感動した。


ほぼ全員が芽衣子という過去に縛られ現在を生きているのはもの悲しく写った。
そして芽衣子の家族もまた芽衣子の死に縛られている。

人の生き死ににさほど関わったことのない僕は、
この話はひどく辛く感じてしまった。

前を向いて生きていけよという人がいるかもしれない。
過去を振り返って何になるんだという人がいるかもしれない。

けれどそれは利害で物事を考えてしまう大人な思考でしかない。
いい意味での子供らしさというものを、
一生忘れない大人でありたいと思わせてくれたアニメでした。

見てない人は人生の0,003%ぐらい損してるので是非みてください!

P.S.

EDが僕世代の人間の卒業ソングとして定番だった
secret baseっていうのもまたいいところだわー。