今週も熱く語ります。
集団の体操をしていて
思うことがあります。
それは前に出て体操を行う
職員が「誰のために
体操を行っているか」
という基本的なことです。
こんな質問を投げかければ、
本人達はこう答えるでしょう・・・。
「体操を行ってる利用者
さんのためです」と・・・。
本当でしょうか・・・??
例えば、指の運動で
「グー・チョキ・パー」を
繰り返したとします。
皆さんはこの運動で手を
利用者さんのほうに向け、
「見易くする工夫」や
「真似をしやすい工夫」
を意識しているでしょうか?
中には手を自分に向けて、
体操に没頭している職員も
います。
(少し本題から外れますが、
号令に合わせて、手でリズムを
とりながら、上下に動かしながら
グー・チョキ・パーをすることは
指の動きが見えなくなります)
さらに足の運動のひとつで
「昨日の夕飯は何だったかを
思い出して一品、空中に足で
書いてみてください」という
お願いをすると、前に出ている
職員の足が微動だにしない
ことがあります。
昨日何を食べたかを職員が
真剣に考えていて、足が動がない
のです。
そんなシーンを見るたびに
「誰の体操なんだろう」と
思います。
まじめな性格の人が多いのかも
しれませんが、これは違います。
ここで大切なのは「利用者さんに
足を動かしてもらうこと」なので、
考えが浮かんでいなくても足は
動かすべきです。
耳の遠い方などは声が聞こえて
いなくても職員の動きを見ることで
体操を行っています。
職員がまじめに考え、足を止めて
いれば、目の前の方の運動も
止まっています。
利用者さんのために「今、
自分が何をすべきか」を考える
べきなのです。
これはこれで別の目的があるので
(後日ブログに紹介します)
やっているのですが、職員に
なんと書いたかを発表してもらいます。
そこで散々考えたぬいた答えが
「パスタで~カルボナーラ~」
・・・・・悲しいです。
少なくても「スパゲティー」や
「麺類」という答え。もっと極端に
言えば「うどんでした」でもいいの
です。
誰も職員の夕ご飯が何だったのか
なんてどうでもいいことです。
皆さんに足を動かしていただく、
夕飯を思い出していただくという
ことがここでの「キモ」であることを
残念ながら理解していないのです。
集団の体操はマンネリだという方も
いますが、利用者さんにとって
「どうしたら体を動かしていただけるか」
を考えれば、実行していけば、
奥の深い時間になります。
またそんな意識があれば、職員の
号令はもっと元気になるでしょうし、
間違った体操を平気で行ったり、
居眠りすることもないでしょう・・・。