十月国立劇場 第二部観劇 | 栢莚の徒然なるままに

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今回は前月書いて好評だった観劇をしてきたのでまた書いてみました。
 

十月国立劇場 第二部

 
今回が緊急事態宣言以来初めての公演になります。
一足早く再開した歌舞伎座が四部制、一演目なのに対しコロナ前と同じく二部制、二演目なのが大きく異なっています。
 
国立劇場名物、六代目の鏡獅子
 
演目以外も歌舞伎座とは異なる点が幾つかあるので少し紹介したいと思います。
 
①筋書
歌舞伎座の筋書が再開以後は配役とあらすじだけの簡易版で無料なのに対して国立劇場はコロナ前と変わらないきちんとした筋書で有料です。
 
今回の筋書
 
きちんと役者のコメントもあり、多くがコロナによる長期休業について触れていて、中には今回の公演が7ヶ月ぶりの舞台という人もいてそれぞれ思い思いの心境が綴られています。
 
②売店
 
歌舞伎座の3階が今も休業中に対してこちらは売店も食事処もきちんと営業しています。
 
売店
 
流石に寄る人は少ないものの、こうして再開している姿を見ると徐々にではありますがいつもの芝居の状態に戻りつつあるのが見て分かり少し嬉しくなります。
 
さてそろそろ本編に入りたいと思います。
 
第二部
新皿屋舗月雨暈
 
まず上演されたのが新皿屋舗月雨暈です。
河竹黙阿弥が明治に入って書いた世話物の代表作の一つで無実の罪で妹を殺害され悲しみに暮れる魚屋一家が酒癖の悪い主人の宗五郎が禁酒の誓いを破って貰った酒を飲んだことを契機に事態があらぬ方向へと向かって行き、酔っての立ち廻りや意外な結末など内容盛り沢山の作品となっています。
 
初演時に上演されたお蔦が殺害されるまでの下りは戦後僅かに8回上演されたのみで、ここ20年間でも国立劇場で1回、日生劇場で1回それぞれ通しで上演された以外は殆ど演じられませんが、それに対して後半の宗五郎の場は六代目が受け継いだことで二代目尾上松緑を通じて当代の菊五郎に受け継がれ人気を博し「魚屋宗五郎」の通称で繰り返し上演される人気演目となりました。
 
六代目の魚屋宗五郎
 
 
主な配役一覧
 
魚屋宗五郎…菊五郎
おはま…時蔵
太兵衛…團蔵
岩上典蔵…片岡亀蔵
鳶吉五郎…橘太郎
おなぎ…梅枝
おみつ…萬次郎
小奴三吉…権十郎
磯部主計之助…彦三郎
浦戸十左衛門…左團次
 
菊五郎劇団総出演とあって脇の役者達も磯部主計之助以外は2年前に歌舞伎座の團菊祭で上演した時と全く一緒で特に團蔵、萬次郎、時蔵、左團次と言った面々はここ10数年間ほぼ変わらず同じ役を務めている事もあって先月の吉右衛門一座同様に鉄壁のアンサンブルで菊五郎を支えています。

特におはま役の時蔵は前半後半通じて出ずっぱりで活躍し、前半の悲しみに暮れる有様から思わず酒を与えるきっかけを与えてしまい、途中酔って暴れる宗五郎を相手に啖呵を切ったり、飛び出した旦那を追っかけたり表玄関や庭先での夫を支える様など宗五郎と並んで主役張りの活躍をしながらもダメな夫を支える世話女房という本分を守って演じきり実に立派なおはまでした。

 

六代目菊五郎から直接薫陶を受けた二代目松緑や七代目梅幸が見所を語る解説と新皿屋舗月雨暈のダイジェスト

 

個人的な話ですが時蔵は何故かタイミングが合わなくて見る機会が少なく、2017年11月の顔見世の三千歳や2018年4月の絵本合法辻のうんざりお松と皐月、5月の團菊祭の鬼一方眼の牛若丸の3回しか見てないのですが、いずれも個性的な役を上手く演じられるだけの技量を持ってるだけに世話物だけでなく彼の時代物の大役も見てみたいです。
 
菊五郎も孫の丑之助の出演もあってか台詞廻しや酔っぱらっての立ち廻りなど極々自然に肩の力を抜いて演じていて「禁酒していないで実はこっそり飲んでたんじゃね?」と思える体型さえ除けば文句のつけようのない宗五郎でした。
他にも團蔵の太兵衛や本の触り程度しか出演しないおみつなども不自然な所が無く演じていて7000円で見るのが勿体ない気がするほどの演目でした。
 
太刀盗人
 
続いて上演されたのが六代目菊五郎と七代目三津五郎のコンビで市村座で初演された太刀盗人です。
新作舞踊物において定評のあった岡本柿紅によって書かれた作品で松羽目物の体を取っていますが、内容は田舎武士の持つ太刀を巡ってスリとの面白おかしい舞踊を交えながら行われる詮議のやり取りを描いた全く堅苦しくない喜劇テイストとなっていて、それでいながら初演時は正調な踊りをする三津五郎とアグレッシプな踊りの菊五郎の対比が面白く大受けした事からも分かる様に田舎武士の真似をしながらスリがワンテンポ遅れてやや雑に踊るという簡単そうで技量が必要な演目です。
 
六代目のすっぱの九郎兵衛
 
 
他の舞踊の様に踊り一辺倒でもなく歌舞伎の初心者でも簡単に理解しやすい事から使い勝手が良くこちらも近年では1~2年に1回は上演される演目になっています。
松緑のブログによれば
 
こんな時節だから、せめて観に来て下さるお客さんには明るく笑って帰って貰える演目に
(尾上松緑、藤間勘右衞門の日記、9/23より)
 
という思いを込めて上演されたそうです。
 
配役一覧
 
すっぱの九郎兵衛…松緑
万兵衛…坂東亀蔵
丁字左衛門…片岡亀蔵
 
ご覧の様に片岡亀蔵は今回の主演する役者の中で唯一両演目に出演しています。
松緑は藤間流宗家の藤間勘右衛門の舞踊名跡を持っている事からも分かる様に舞踊に関してはかなりの腕前を持っていて、舞踊の合間にある問答でもコミカルな悪党らしい演技で楽しませてくれました。
対するW亀蔵も松緑ほど図抜けて面白いわけではないものの何処かマヌケな田舎侍とこれまたちょっと抜けている目付を演じていて調和が取れていました。
 
と、ここまでは良い事づくめの事を書いてきましたが、当然悪い事もあります。
それは見に来ている見物の入りです。
これは百聞は一見に如かずで実際に見てもらった方が良いと思います。
 
開演前の1階の様子。

 
2階
ご覧の様に贔屓目に見ても3日目だというのに1~2割くらいしか入っておらずがら空きと言っても差し支えない有様です。
これではいくら面白くても演じている役者にとっては気の毒としか言いようがりません。
 
因みに私の見た席。2日前に予約したのにど真ん中が取れました。

 
内容はご覧の様に申し分なく、チケットも四部制の歌舞伎座よりかはコストパフォーマンスに優れていますので、もう両方とも見て飽きたという方以外はお布施だと思って訪れて観劇されてみるのは如何でしょうか?
ほぼ確実に良い席で見れる事を約束します。
 
因みに次回の国立劇場11月公演も歌舞伎で吉右衛門、仁左衛門の2枚看板ですので歌舞伎座の座組があれなだけに来月も国立を観劇しようと思っています。