明治42年1月 歌舞伎座 二人鏡獅子と十六夜清心 | 栢莚の徒然なるままに

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今回も引き続き歌舞伎座の筋書を紹介したいと思います。

 

明治42年1月 歌舞伎座

 

演目:

一、宗行卿        
二、春興鏡獅子        
三、柳巷春着薊色縫(十六夜清心)      
四、梅柳中宵月        
五、根源草摺引 

 

前回紹介した明治41年4月の公演で前代未聞の大当たりをした為、歌舞伎座は6月公演にも團蔵を出演させ得意の馬盥の光秀を演じさせました。しかし、團蔵は一旦大阪へと戻る事になり帰阪します。その後の歌舞伎座は再び従来の面子で公演を続けましたが10月の公演こそ七代目澤村宗十郎襲名披露もあって黒字になったものの、11月の公演は記録的な不入りになりました。

その為この公演は何としても挽回しようと様々な工夫をこらした演目が並びました。

 

主な配役は以下の通り。

 

宗行卿

北条泰時…芝翫

北条義時…猿之助

大江広元…八百蔵

藤原隆行…羽左衛門

壬生家隆…高麗蔵

綾子…梅幸

更科姫…宗十郎

        
春興鏡獅子

小姓弥生…市川翠扇(九代目市川團十郎の長女)

小姓春路…市川旭梅(九代目市川團十郎の次女) 

獅子の精…猿之助

獅子の精…高麗蔵

後見…新十郎 

      
柳巷春着薊色縫

梅柳中宵月

清心…羽左衛門

十六夜…梅幸   

大寺庄兵衛…八百蔵

庄兵衛女房おふじ…芝翫

船頭三次…猿之助

       
根源草摺引

曽我五郎…高麗蔵

朝比奈…猿之助

 

今回の公演の売りは一般公募脚本の宗行卿と市川家姉妹が出演する春興鏡獅子、羽左衛門・梅幸コンビの十六夜清心でしたが 、肝心の一幕目の宗行卿から「道具が豪華な事以外は特筆する事なし」と言われるほど不評でした。    
続く春興鏡獅子ですが初演の時にも出演した九代目團十郎の実子の翠扇、旭梅の姉妹がお小姓弥生を二人で、続く獅子の精も猿之助、高麗蔵の二人で演じるという「春興二人鏡獅子」とも言うべき変則的な演出で行われたようです。

元々この演目が出来たきっかけは姉妹が踊り傾城を踊っていたのを團十郎が目にとめた事が発端だった事もあり、姉妹の小姓の演舞は良かったそうですが、後半の獅子の部になると猿之助、高麗蔵ともに初演とあってどこかぎこちなかったようです。

また今でこそ春興鏡獅子と言えば有名ですが当時は上演僅か2回目の新作舞踊に過ぎず見物の反応も薄かったようです。

この演目は後に翠扇が六代目尾上菊五郎に教えて大正3年1月に市村座で初演同様二役を演じ分ける形を取って大当たりしてから注目され、音羽屋の重要な舞踊演目の一つとして現代に至るまで上演されています。

 

六代目の演じた春興鏡獅子

 

春興鏡獅子と柳巷春着薊色縫

 

最後に十六夜清心ですが、こちらは伯父の五代目尾上菊五郎にしごかれた逸話を持つ羽左衛門の清心、梅幸の十六夜共にかなり良かったらしく劇評でも

羽左衛門の清心は、求女で五代目に散々苛められたのが薬となつて、所持伯父さん譲りで、傑出した出来であり、梅幸の十六夜は道行が濃艶で、強請は根から悪婆にならない處がよく、是で台詞の間延びさへなければ申し分のない出来だ

と絶賛されてこの後も何度もこの組み合わせで上演される当たり役となりました。

 

梅幸の十六夜と羽左衛門の清心

 

この様な感じで十六夜清心の好評もあって何とか赤字は免れたものの決して公演成績は良くはなく歌舞伎座の首脳陣は早くも團蔵を呼び戻す工作を始めました。

そしてこの頃2年後の明治44年に完成する帝国劇場から歌舞伎座側へ初めてアプローチがあったそうで内容は梅幸を帝国劇場専属女優の為の講師の依頼だったそうです。梅幸は大河内社長と相談の上これを承諾しました。

この頃から帝国劇場の存在が次第に大きくなりはじめ明治39年に作られた大河内体制の終焉が目の前に迫っていました。

今考えるとそんな嵐の前の静寂の様な公演だったと言えます。