【9月26日(水)~9月29日(土)】

【チェンの旅程プラン】
5日目:日中・ホイアン観光
     →午後・ホイアン 発→夜・ダナン 着
     →夜・ダナン 発

6日目:午後・ホーチミン 着→夜 ホテル 泊

7日目:日中・ホーチミン観光
     →夕方ホーチミン 発→夜・香港 着
     →夜・香港 発→深夜・マカオ 着
     →徹マンならぬ徹カジノ

8日目:午前・マカオ 発→午前・香港 着
     →午後・香港 発→夜・名古屋 着



ホイアンのホテルを朝7時出発。
向かった先は、世界遺産のミーソン遺跡。


ベトナム戦争時に、アメリカと対峙するベトコンが近くに拠点を置いていたため
激しい砲撃を受けた。今でも修復活動が続いている。


そして、ミーソン遺跡の入り口には、
ここはアフリカのサバンナかと思えるようなのどかな光景も。


水牛といえば、シロサギですな


さて、ミーソン遺跡にほど近いホイアンは
〝東洋のベネチア〟(チェンが勝手に命名しました
水の街である。
その前に世界遺産でもあるのだが…


そんなホイアンにあるこの橋。
〝来遠橋(らいおんばし)〟というが、
江戸時代に日本人が建設にかかわったとされる橋。

これが見たくて、ホイアンに来たわけだが、
残念ながら天候不順ですぐに雨に。


観光地に付き物の押し売り販売ばあさんの餌食に。
レインコートを2万ドン(約80円)で買わされた。
何を言おう、ホイアンのホテル近くで食べた、幻の美食・コンガーと
同じ値段なのだ。それがどうにも癪に障って仕方がなかった。

そんなわけで、ホイアン観光もままならず、
ホイアンのホテルの外れにあるバス停から
こんな早い時間に最終便だという
午後6時発のバスに乗り、
アル・パチーノにバイクで運んでもらったその道を
折り返すようにして、鉄道駅があるダナンへ向かった。

バスに乗ること約2時間。
バスはダナンが終点ではないため、
ダナン駅から少し離れたバス通り沿いで降ろされ、歩いて駅に向かうことに。
しかし、電車の時間は、21時56分。
まだ2時間近くある。


というわけで、駅に向かう前に腹ごしらえ。
ベトナムではやっぱり路上レストラン

というか、とにかく土砂降りだったため、
押し売りばあさんから買ったレインコートを再利用させていただきつつ、
屋根のある路上を探していると、
ちょうどお手頃な店を発見。


この時は、本当に土砂降りで困った


さて、注文したのは、やっぱりポーク・フォー


これが、当然のごとく、激ウマ
やっぱり、路上レストラン(屋台)のフォーに外れはない
と強く確信したチェンだった。

そして、隣では父子がフォーを食べていた。
3歳の坊やがとっても可愛かったので、
夕食の後も、30分近く坊やと折り紙をしながら遊んだりした。
ちょうど、上の写真の原付バイクの向こう側にある酒屋さんの店主だそうだ。


そろそろ電車の時間もあったので、店を後にしようと
飯代を払おうとしたら、
そのお父さんが、僕の分まで払うと言ってくれた。
3万ドン(約120円)ゴチになりました。


そして、ダナン駅に着いたが、
悪天候だったため、案の定、列車が遅延。


駅構内には多くの人が遅延にも慣れてる風な感じで、
退屈そうに待っていた。
列車は1時間遅れでダナン駅に到着。
この後、翌日の夕方までの約18時間を列車で過ごすという
鉄道の旅ならではの醍醐味を満喫。


おなじみの冷房ガンガンの寒さと闘いながら
3段ベッドの最上段で睡眠を取り朝を迎えた。


いつしか雨も止み、食堂車でランチ。
正直、味はイマイチだった。


そのまま、日中も列車はホーチミンに向かって、のんびり快走


夕方ホーチミン駅に到着。


到着後、早くもベトナム一の都市の洗礼を受けた。
それは、もちろんバイク。


ま、そんなこんなでベトナム一の都市・ホーチミンを堪能。


しかし、夜、ホーチミンの風俗嬢に一泡吹かせようと、
風俗嬢が客を捕まえる飲み屋に行き、
風俗嬢に財布をスラせながら、見つけて咎める、みたいな
とにかく風俗嬢をからかったところ(風俗に行ったわけではありません)、

なぜかその後下痢に襲われ、
おそらく熱にもうなされながらホーチミンを後にした。

飛行機で香港に再び戻ると、すでに深夜だったが、
やはりマカオに行くことにした。

実に5年ぶりのマカオ。
というか、2002年、2007年、2012年と、
5年おきにマカオに行っているわけだが、
しかし、深夜のカジノで金があっという間に消えてしまった。


翌朝は、お決まりの朝粥のお店へ。
あの店主の兄ちゃんも少し老けた感はあったが(マカオ編参照)
妹とともに元気な姿を見せてくれた。


もちろん、エッグタルトも頂いた。


そして、再び香港の鉄道を使って空港に向かい


名古屋へと帰り、旅を終えた。
しかし、ホーチミン以降は、
風俗嬢の魔力により、
下痢と熱に襲われ、
散々な記憶しかない、そんな旅終盤だった。

総括すると、
列車の旅は、楽しみが何倍にも膨らみ最高だった。
時間に余裕があるときは、ぜひまたチャレンジしたい。
あと、楽しかった町はハノイかな。
ホイアンも悪くなかったかな。

最後は駆け足のように進みましたが、そんな感じの旅でした。
さて、こうしてだらだらとブログを書いていたら、
いつの間にか、今年も残り10分を切ってしまいました。

来年は、名実とともにいい年にしたいです。
旅行は、ま、我慢しようかな。

では、良いお年を