清く正しく生きる
そんな生き方、私は好きだし、
それを貫ける人って強いなって思う。
そんな人が親や教師など支援者の立場になると、
とかく起こりやすいのが、
良かれと思って
親御さんや子どもにアドバイスする。
そのアドバイスの仕方ってちょっと考えないと
アドバイスのつもりが、
非難と受け取られる可能性もある。
だって、
人は、正しく生きようと思っても
未熟なところがあるのが人間だし
その正しさって
万人に当てはまるものでもない可能性もあるから。
まだ子育てしてない時に、
自分がやってた〜。
そして、「先生も子ども産まれたらわかるよ」とかって親御さんに言われたりして。
自分としては、
自分の培ってきた知識と自分なりの経験をもとに一生懸命伝えてたのだけど
「どうしてわかってくれないの」」なんて悔しかったりして。
でも今思うのは、
そのアドバイスが正しかったとしても
それはもう、すでに試した上でどうしようもない状態になっていることもあるということ
子どもとはいえ、
やっぱり他人だから、
育児書通りに声かけしたって動かない時は動かない。
どんなに親が頑張っても、
子が頑張れるタイミングって、どうしても同じとは限らない。
「今は、そういう時期なんだ」
そうやって、ただ”時が経つのを待つ””見守る”
それしか親にはできない時もある。
結局のところ、
当事者にしかわからないことってある。
アドバイスする側にできることは
その相手が、どういう状況にあるのか
まずは、”聴いてみること”
そして、その相手に、
ただ寄り添うこと
必要なのは、正しいことを伝えるよりも、どこまでも
相手への理解なのではないだろうか
その手段として、数秘はヒントになるなぁと感じる。
相手が何を欲し、
何を必要としているのか
相手に提供すべき情報は何か
それを精査して言葉を発することができる人が
真の支援者
だと思う。
相手ができていないことを指摘して改善策
を伝えるのって、誰のため?
そのことについて、
相手は変えたいと思っている?
相手の人生の主役は相手
それは、子どもでも同じなんだよね。
あなたが、
相手の人生のハンドルを握ろうとしていない?
その相手が向いている方向を見て、
伝える内容を考え、伝える
その向いている方向が不幸だとしても、
本人が”いま”見ている景色はそれなのだ
その方向は違うよ!と伝えるのか
その方向に進みたいの?と伝えるのか
相手が、自分で自分の未来を選択できるように支援する
それが、相手を尊重した支援ではないだろうか
自戒も踏まえて。