父は未熟児で生まれましたが、醤油屋の長男として将来は家を継ぐとされ特に学力は不要との事で、今で言う中卒の学歴しか持っていません。
結婚し子供を4人授かり順風満帆だったのが42歳(私が5歳)の時にくも膜下出血を発症し、人並みの仕事ができなくなりました。
更に私が7歳と9歳の時にも脳梗塞を煩い、左半身不随の後遺症を残しました。
その際に短期記憶も出来なくなり、会話らしきコミュニケーションもままならなくなってしまいました。
いざ働こうにも学歴が中卒の為、どこも雇ってくれず路頭に迷いました。
その結果、父の同級生が営む会社の残飯運びを手伝う事となりましたが、給料は月8万円。
その時、家族は誰一人として父の疾患を理解しておらず、子供達はそんな父をバカにしていました。確かに、当時はこの私でも会話していてイライラしていたのを覚えています。
そんな父を見上げ、幼い当時の私としては、恋愛において「父親像」を求めていました。
父を親父と思えない娘。当時は、本当に切なく悔しかった。
そんなこんなで年月が経ち、この今の歳になってようやくそんな父にも心から「ありがとう」と思えるようになりました。
いつもへらへら笑う父。全く威厳の欠片もない父。だけど、そんな父から教わった人生観は数知れずありました。
これからは、特養で生活している父の元へもっともっと頻回に足を運び、娘である私との楽しい時間を過ごせたらと思っています。
父よ、本当にありがとう☺
では、また次回以降もご愛読下さいませ。