わたしいま

「命を命としていただく」ってことを

本気で考えています。

毎日、なんとなく食べてるごはん――


それ、ただの“燃料”じゃなくて

誰かの命のバトンを

次に繋いでる時間なんですよ。


加工されすぎた命は

感謝の届かない場所にいる


コンビニで買ったカットサラダ

家で一度も名前を呼ばれずに消えていく冷凍食品。


それって

もう“命”じゃなくなってるのかもしれません。


加工されすぎて

“ありがとう”の入り込む隙がないんですよ。

どこで作られて

どう旅してきたかもわからないまま

口の中に入って終わり。


そりゃね、便利です。

でも、そればっかりだと――

魂が痩せる気がするんです。

「いただきます」は

ただのあいさつじゃない


日月神示にはね

「命を奪って食べるのではない。神より与えられし命をありがたくいただけ」とあるんです。


「いただきます」って、 

神さまへのLINE送信ボタンみたいなもんなんです。


心を整えて、命を迎える儀式。

スマホじゃなくて、お椀と箸が通信用ツール。


って考えると

もうカップ麺食べる時も背筋伸びますよね(笑)


今日のごはん

命の香りがした?


炊きたての玄米に、手前味噌のお味噌汁。

朝採れ野菜のぬか漬けに、土鍋で炊いたおかゆ。


…もう、それだけで泣けてきません?


なぜかって、命の記憶が残ってるからです。


旬の野菜は自然のリズムそのもの。

味噌や糀は、微生物の命の舞。


それをいただくことで

魂のチューニングが“カチッ”と

合う瞬間があるんですよ。


最後に。

ごはんは

ただの栄養じゃない


「命あるものを命としていただく」

それって、別に特別なことじゃない。


誰かの命が

今日もわたしを生かしてくれている。

そう思ったら

冷ごはんすらありがたく感じる日が

たまにあります。


魂のすみかでは

そんな“食の原点”を

見つめ直すお手伝いもしています。

あなたの今日の一口が

心をあたため、魂を整え

また明日へつながる光となりますように。


魂のすみか

〜本来の自分へ還る場所〜

西尾美香