水曜日は晴れた。 | シジンの日記

シジンの日記

つれづれなるままに、心にうつりゆくよしなしことを、だらだらと書かせていただいてます。

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きれいに晴れたさいたま地方。
梅雨の晴れ間です。

昨夜はひどい驟雨だったのですが、雨音を聞くのが好きです。
屋根を叩く雨音を横になってじっと聞く。
不思議と落ち着きます。
何故だろう?、と思います。
安全な場所にいる安心感?
雨が降っているのに家の中にいて濡れない優越感?
それは何か古い記憶に基づく気持ちなのかもしれない。
それは台風のような強い風雨が雨戸を叩いているときも(雨戸が壊れたり、家が倒壊しない限りは)同じような気持ちになります。
と言うか、外の風雨が激しければ激しいほどワクワクしてくる。
こういう気持ちになる人はケッコウ多いと聞いています。
まぁ、家が壊れないことが前提なんですけれど。

ヒトの行動原理のひとつが、優越感、じゃないかなと思ったりします。
それを意識するかどうかは別にして。
何らかの基準に対して自分は他の人よりも優れている、と思う気持ちがどこかにあると思います。
お金持ちの優越感、勉強ができる優越感、権力を持っている優越感、健康である優越感、スタイルがよい優越感、運動センスに恵まれている優越感、芸術センスが優れている優越感、やりたいことができていると言う優越感、自分こそが真実を知っていると言う優越感、自分は正しいことをしていると言う優越感、自分はこんなにがんばっていると言う優越感、etc.、………。
何もないときでも、自分には何もないけれど自由だけはある、とか、どこかに優越感が得られる何かを探そうとする。
基準はたぶん何でもいいんです。
自分が納得できれば。
その基準が他人に認められるかどうか、そのことをどう感じるかは人それぞれだと思います。
自分はこんなに不幸なんだ、と思う優越感もあるかもしれない。

優越感を求める気持ちが集団にあてはまると選民意識になったりするわけだと思うのです。
そうして集団としての優越感を誇示するために他の集団を攻撃し始める。
今もまだ大陸に残っている侵略国家のように。

とある漫画に、同情は優越感の裏返しだ、と言う台詞がありました。
中学の頃に読んで、びっくりすると同時に、確かにそのとおりだ、と思ったことを思い出しました。
だからどうかと言うと、どうにもならないんですけれどね。
うまく整合を取ってやってゆくしかない。

欲、は純粋に何かを求めることだと思うので、優越感の行動原理からは外れると思います。
欲求を従属することで優越感を得る、と言うのはあると思いますけれど。

海外の芸能人によくある慈善行為(テロ団体のシーシェパードに寄付したりね:-<)の行動原理がときどき妙に鼻に付くのですが、それはまた別のお話。

さて、そんなわけで今日も一日ガンバロー。


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↓かの台詞があった漫画です
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