花子と悪夢ちゃん。 | シジンの日記

シジンの日記

つれづれなるままに、心にうつりゆくよしなしことを、だらだらと書かせていただいてます。

"花子とアン"の花子は空想の翼を広げて自由に飛翔することができる。
どこへでも行けるし、どんなものでも手に入る。
空想ですから。

"悪夢ちゃん"では彩未先生は自分の自由に動ける夢、明晰夢を見るという。
夢の世界では無意識やら何やらが反映されていて、夢を通じて真実がわかる、という設定。
(映画は流行っていないようですけど)

花子と彩未先生は、基本、同じタイプだと思う。
空想が上手。

私も見ますよ、明晰夢。
空を飛んで月や火星や宇宙の果てまでだって行けるし、小さくなって細胞の中にももぐりこめる。
サイバースペースだって自由自在。

まぁ、夢、空想と言うよりも、妄想ですけど。

だから夢の中で常に真実が見つかったりはしないです。
半分寝た状態で頭の中を遊んでいると、昼間気が付かなかったことや、新しい発見、効率的なアルゴリズムが見つかったような気がしたりしますけど、起きたらほとんど忘れています。
たまに憶えていても、目覚めてみればそれはとても陳腐で当たり前のことだったりすることが多いです。(当たりくじを引いたときはあったかなぁ?)
中には、こういう経過で新しい発明、発見をされる方も居られるようで、枕元にメモを置いておく方も居るそうです。
湯川秀樹さんが中間子理論を思いついたときも蒲団の中だったとか、そうではなかったとか。
夢獣が導いてくれる人は限られているみたいです。

2時間サスペンスやライト系推理小説で、最後に主人公が犯人を追い詰めるシーン。
主人公がだいたい淡々と順を追って背景の説明したり、犯人が自分の心境を自供したり。
実際の事件ではこんなシーンはないだろうな。と思ったりします。
それも崖の上だったり、橋の上だったり。
まずは犯人確保が先でしょう。(って、夢がないぞ :-P)

宅急便を待っていたらこんな時間。(いつもは朝一で届くのに、今日はまだ届かない)
そろそろ出かけないと。

そんなわけで、今日も一日ガンバロー。
(今日は巡回が遅れます)





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